男「よう。どうだい? ここでの寝ごこちは」
女「もうホント最高。どっかの五つ星ホテルかと
思っちゃったよ」
男「だろ? むやみやたらに広々としたこの部屋!
ホントは狭いのに、モノを置かないことで
広く見せる工夫のタマモノってワケよ」
女「置いてあるものといったらこの固いベッドだけ。
必要最低限なものだけを置く、機能美に特化した
すっばらしい部屋だよね」
男「よくわかってるじゃねえか。まったく、舌打ちの
ひとつもしたところでバチも当たりゃしねえ」
女「それに、これ以上バチの当たりようもない……よね?」
男「俺たちの場合はな。はっは」
女「ここってさ」
男「んー?」
女「夜になったら、けっこう暗いんだね」
男「昼でも暗いだろ?」
女「壁に、風と光を通すための窓があるじゃん」
男「まあ、昼はそこからお日さんが照らしてくれるわな」
女「夜はそういうのなくなるし」
男「お? もしかして、暗いのがニガテなのか?」
女「……うっさい。寝るっ」
男「よう、見てみろよ。いい月だぜ」
女「窓の外? んー、ここからだと建物に隠れて
よく見えないや」
男「お、そうか。そいつは残念だな……
鉄格子越しに見る月なんてオツなモンは、
ムショ以外じゃそうは見られねえぜ?」
女「乙な物、ねえ。あんたの趣味、よくわかんない」
男「――――ってハナシがあってよ。おかしいだろ?」
女「あっはっは。おかしいおかしい」
男「! おい女、ちっと黙れや」
女「……はぁ? なにをいきなり――」
男「いいから!」
女「ちょっとあんたねえ」
……カツン。
女「!」
女(看守の足音!? 近づいてくる……
まさか、声が聞こえてた……?)
>>10 ……カツン、カツン、カツン……
女(通り過ぎた……)
男「……ふう。やっぱマズいんだよな、こうやって
話すのは。もし聴かれたら、この穴もふさがれ
ちまう」
女「……ごめん。これからはちょっと声を抑えるね」
男「かまいやしねえ。見回りの時間は決まってる。
その間だけ気をつければいいさ」
女「うん……」
男「しかし、アレだ。こういうの、ワクワクするだろ?」
女「え?」
男「昔よ、やっただろ。学校の授業中にさ、センコーの
目ぇ盗んで手紙の交換とかしてよ」
女「ああ……なつかしいね」
男「情報のやりとりが目的じゃなくてよォ。ただ、エラい
人に隠れてあれやこれやするのが楽しかったんだ」
女「ふふ。あんた、子供みたいなコト言うんだね」
男「大人の男ってのぁな、でっけえ少年なのさ」
女「で、やんちゃが過ぎてここにいるってわけ?」
男「それは言わねえ約束だぜ」
男「よう。今日は空が高えなあ」
女「そうだねー……いい天気」
男「こんな日にゃあ、軽くそこいらをぶらぶらしてえもんだ」
女「またアンタは。無理だってわかってるくせにさ」
男「ないものねだりってのは、してみるもんだ。
もしかしたら、欲しいモンが手に入るかもしれねえぜ?」
女「だからあんたはコドモだってのよ」
男「うっせ。そういうてめえはいくつなんだよ」
女「レディに歳を訊くもんじゃないわ」
男「レディ、ねえ」
女「レディ、よ」
男「ふ~~~ん」
女「…………」
男「ふ~~~~~~ん」
女「……21、よ」
男「ふは! 俺の方がみっつも上だ!
ガキはどっちだってんだよ、はっは!」
女「……だからあんたはコドモだってのよ……」
男「よう。あんた、お里はどこだい?」
女「故郷、か。捨てたよ、そんなもの」
男「なんだ。帰る場所、ねえのか」
女「あったとしても、もう帰れないじゃない」
男「……そうだな。そうだったな」
女「そういうあんたは、どうなのさ」
男「俺かい? 俺も捨てたよ、そんなもん」
女「だろうねえ。じゃなきゃ、今ごろこんなところに
いたりはしない」
男「はっは。違いねえ」
男「よう。起きてるかい?」
女「……いちお。なんか用?」
男「いいや、なんにも。ここでしなきゃならねえことなんて
なにもねえのに、用なんかあるわけねえだろ?」
女「ごもっとも。で? だったらなんで話しかけてくるわけ?」
男「冷たいねえ。することもなにもねえんだ、構ってほしいのさ」
女「子供みたいなコト言わないの。今は眠いからさ、明日にして
くんない?」
男「今がいい」
女「後がいい」
男「今がいい」
女「…………」
男「おーい。なんだよ寝ちまったのか?
おきろーおきろーおーきーろー」
女「ああもううるさい! 看守が来る!
ったくもーしょーがないなあっ」
男「へへ」
男「しかし驚いたぜ。隣に、女の子が入ってくるなんてな」
女「なによ。べつに珍しいもんじゃないでしょ。女が犯罪を
起こすなんて」
男「たしかに珍しくねえ。だが、『ここ』は違う」
女「どういう意味?」
男「わかってんだろ。ここがどこだか」
女「……危険度最高クラスの犯罪者が集まる刑務所。
極めて大きな罪を犯し、終身刑以上の罰が言い渡された
者を収容する」
男「そしてこのエリアの独房には――」
女「死刑判決を受けた者だけが収容される」
男「…………」
女「…………」
男「珍しいんだ。ここでは、な」
女「……それが、どうかしたの?」
男「いや。べつにどうもしねえさ。
ただ、なにをやってここに来たのかが、気になった」
女「話さないと、夜も眠れない?」
男「いいや。そういうわけじゃねえ」
女「だったら、いいじゃない。そんなこと、どうでも」
男「そうか……そうだな。
まあ、気が向いたら話してくれや。
傷をなめあうのも、悪かぁねえぜ」
女「……そ」
男「いやしかし腹が減った。ここの暮らしには
だいぶ慣れたが、メシの量が少ねえのだけはいただけねえな」
女「身体を動かすこともないし、十分じゃないの?」
男「てめえと一緒にすんじゃねえっての。こっちは大の男だぜ?」
女「あっそ。じゃあ――わたしの分、わけてあげようか?」
男「マジか!
と言いてえが、こんなに小さい穴じゃあな。水くらいしか通らねえ」
女「噛み砕いた後なら通るけど」
男「ペンギンじゃあるめえし。いらね」
女「あーあ。人の親切を無為にするなんてねー」
男「てめえ無理だってわかってて言ってるだろ」
男「今日も誰かに尾けられてる気が…」
女「男君男君男君男君男君ハァハァ」
スト「ストーカーしてる女ちゃん可愛ええええええ」
男「しかしまあ顔も知らねえ男に対して
噛み砕いたモノをくれてやるたあ、な」
女「べつにいーじゃない。現にこうやって
壁で仕切られてるわけだし、襲われることは
ないでしょ」
男「いやまあそうなんだがな」
女「むしろ互いに顔が見えないからこそできることも
あるってもんでしょ」
男「それもそうだ。だがな女よ、その気になれば
俺はその穴からそっちを覗きこむこともできるんだぜ?」
女「あっそ。するの? あんたが?」
男「……いや。隣にいる女性がどんな容姿なのか、わからない
からこその楽しみもあるしな」
女「そう言うと思った。あんたはそーいうヤツよ」
男「想像は自由だと言ってくれ」
女「はいはい。ホント、子供みたいなんだから」
女「この穴ってさ」
男「ん?」
女「あんたが開けたの?」
男「……ああ。最後はな」
女「最後は?」
男「俺がここに来た時には、もうかなり深い穴が
壁に開いてた。たぶん……俺の前にここにいた奴が、
ちょっとずつ掘っていったんだと思う。
いや、何人もの手で、カンナでやるみてえに削っていったのかもな。
きっと寂しかったんだろうなあ。ここでたった一人で
息をしてるのが」
女「…………」
男「で、俺がそれに気づいて、メシのたびにスプーンの柄で突ついたんだ。
2週間くらい経ったころかな。いきなり、スプーンが向こうに
突き抜けた」
女「晴れて、開通ってワケだね」
男「ああ。ほんの1センチやそこらの穴だがな。
驚いてたぜ。そりゃそうだろうな、いきなり壁からスプーンが
生えてくるんだ。
そこからは……そうだな。おまえが今いる部屋にいた奴と、
くだらねえ話に花を咲かせたもんだ」
女「……仲良く、してたんだ」
男「まあな。看守を除けば話ができるたった一人の相手だ、
いがみあってもしょうがねえ。
ま、そいつも今となっちゃあ――
いや、やめとこう。シケた話だ」
女「で?」
男「ん?」
女「そーいうアンタは、いったい何をやったの?」
男「聞きてえか?」
女「まあ、ヒマ潰しのネタ程度には」
男「聞きたくねえのか……」
女「なによ。言いたいの?」
男「……まあ、ヒマ潰しのネタ程度には……」
男「大体よお、何をやったのかって言うけどな」
女「なによ?」
男「世の中には冤罪というものがあってだ」
女「な――まさかあんた」
男「もしかしたら、俺はなにもやってねえのかも
しれないぜ?」
女「!」
男「とかいう夢を見ることもある」
女「…………
結局どっちなのさ」
男「どうだかなあ。はっは」
女「ヒマだね」
男「ああ。ヒマだ」
女「なんでこんなにヒマなの?」
男「することがねえからだ」
女「それってトートロジー」
男「わかってる」
女「なんですることがないの?」
男「それが今の俺たちの仕事だからだ」
女「待つことが仕事ってこと?」
男「ああそうだ。何を待つかって?
はっは」
女「笑うしかないのもわかるけどさ」
男「……。(暇だ、あいつ何してんだろうな、ちょい覗いてみるか)」
ヌッ(互いに合う視線
女「きゃっ!」
男「うおわっ!びびった!なんだよ!なに覗いてんだよ!」
女「そっそっちこそなに覗いてんのよ!」
男「いや、俺はただなにしてるかな~って、オマエは?」
女「…私もアンタがなにしてるかな~って」
男「……。」
女「……。」
ヌッ
女「目潰し!」
男「痛っ!?」
女「くしゅんっ」
男「お。カゼでも引いたか?
それとも……いい男でもいるのかい?」
女「心当たりはないね……もうシャバに
わたしのこと覚えてる人もいないんじゃないかな」
男「えらく寂しいこと言うなぁ」
女「事実だもの。わたしのことウワサしそうなのって……
この壁のむこうにしかいないよ」
男「おお。なんでおまえのこと考えてるってバレた」
女「くしゅんっ」
男「おおう」
男「へくし」
女「今あんた口で『へくし』って言ったでしょ」
男「へくし」
女「もっとそれっぽく聞こえるように言えばいいのに」
男「いやあ俺もウワサされてんのかねえ。
俺のことウワサしそうなの、この壁のむこうにしか
いねえんだけどなあ。あーへくし」
女「こら」
男「ああもしかして今女の頭の中は俺でいっぱい!?
いやー照れるぜー」
女「…………」
男「へくし」
女「コドモ……いや、もういいや」
女「ねえ男ー」
男「…………」
女「男ー?」
男「…………」
女「あれ? 寝てんのかな……」
男「…………」
女「退屈だから構ってもらおうと思ったのに」
男「…………」
女「ねえ男ー?」
男「…………」
女「……つまんない」
男「そうかそうか。やっぱ女には俺がいねえとなあ」
女「なッ……もしかして今の全部聞いてた!?
殺す! ぶっ殺すッ!」
男「そんなに怒んなよ。はっは」
女「はっはー、じゃない!」
女「わたし今着替えてるけど」
男「おおうッ」
女「よかったらその穴から、どうぞ?」
男「てめッ……想像は自由だってーのに、
それを阻害しようってのか」
女「そうは言わないけど。
オンナのカラダを見る機会も、
もうないんじゃないかなって思ってさ」
男「……想像は自由だ。
だが妄想はもっと自由だ!」
女「覗かないってはっきり言えばいいのにさ。
純情だねー……もしかして童貞?」
男「ちがうわ!」
男「狭い」
女「そうだね」
男「動かねえ」
女「必要ないし」
男「身体がなまってしょうがねえ」
女「しょうがなくないでしょ。もう、いらないじゃん」
男「……えらく達観してやがんなあ。
世の中なにが起こるかわかんねえぜ?」
女「そうだね。わかんないね」
男「なんだその反応……じゃあ言い方変えるか?
世の中なにが起こせるかわかんねえ、ってな」
女「……なにを考えてるの?」
男「さあな。秘密だ……はっは」
男「今夜は冷え込むな」
女「秋だしね。あんた、今からそんなコト言ってて、
これからの季節大丈夫なの?」
男「さあな。女がこっちに来てあっためてくれたら、
そんな悩みはねえんだが」
女「あんたがこっち来るなら考えてやってもいいけど」
男「うおマジか! おおりゃあがんばれ俺!
この穴をくぐれッ!」
女「あ。指が出てきた。
とうっ」
男「あだっ!? 爪を立てるな!」
男「冗談は横に置いとくとして……実際、寒いな」
女「この程度なら、まあ布団にくるまれば」
男「ハラが減って体温上がんねえんだよ」
女「しかたないね。コレもまた、罰ってコトさ」
男「暖房器具やあったけえメシが恋しいぜ」
女「なんだ。今さら後悔してるの? 自分のやったこと」
男「…………
後悔なら、腐るほどしてきたさ」
女「あ、そうなんだ。お気楽極楽野郎だと思ってたけど」
男「るせえ」
女「怒んないでよ。いーコト教えたげるからさ」
男「……なんだよ?」
女「実はわたしも、すごく後悔してる」
男「……そうか」
女「たしかに、寒いけどさ」
男「ああ」
女「わたし今、壁の穴のすぐ隣にもたれて座ってる」
男「……そいつは奇遇だな。俺もだ」
女「だと思ったんだ。こうして背中合わせにしてるとさ、
なんか」
男「ん?」
女「壁越しなのに……せなか、あったかいよね。へへ」
男「……俺もだ」
女「殺したよ」
男「……ん?」
女「たくさん殺した」
男「そうか。死刑の判決もらうくらいだもんな」
女「わたしの知らない人ばっかり」
男「……どういうことだ?」
女「知ってる人なら殺せなかったかもね」
男「違う。そうじゃない」
女「……暗殺」
男「……なんだと?」
女「えらい人がいてさ。その人が邪魔だと思った相手を、
あの世に送っちゃうの」
男「それを、やってたってのか?」
女「ちっちゃい頃に親に捨てられてね。拾ってくれた人が――」
男「いや、もういい。だいたいわかった」
女「他に生きる方法がなくてさ。
殺したよ。たくさん殺した」
男「……そうか」
>>56 女「すごく後悔してる。今になってみればさ、他に生きる
手段なんてたくさんあったのに。カラダ売ってでも
食べていけばよかったのに。
でもさ、また捨てられるのがこわくてさ――」
男「……ああ」
女「いやだって言えなかった。それが、わたしの罪」
男「……わかった」
女「ホントきたないの。くのいちのまねごとみたいなことまでして」
男「くのいち?」
女「バカな男を身体で誘惑して篭絡して、油断したところを
ズドン、って。サイテーだってわかってた。
だからもう――」
男「――もういい!」
女「…………!」
男「今日はもう寝ろ。俺も寝るから、それ以上しゃべっても
聞かねえぞ」
女「…………」
男「じゃあ、また明日な」
女「…………
ごめん。ありがとう……」
女「うー……退屈」
男「つ? 津波」
女「み……ミルク」
男「クック船長」
女「またそんなマニアックな……うさぎ」
男「義理チョコ」
女「……なんかイヤな思い出でもあんの?」
男「……若え頃の話さ」
女「あっそ。コスタリカ」
男「行ったことねえな。カシミール」
女「わたしも。ルンバ」
男「お。得意なのか? バスケットボール」
女「踊れないよ。ルールブック」
男「くすだま」
女「飽きてきた。まんじゅう」
男「そう言うなよ。牛」
女「だんだん単語のチョイスが適当になってるけど。鹿」
男「考えんのが面倒になっただけだ。カタコンベ」
女「あーもう無理すんな。ベラルーシ」
男「ふふん、負けてやるもんかよ。シックスセンス」
女(あーもう。こいつは……)
女「寸断」
男「ん? ンジャメナ」
女「続けんの!? せっかくわざと負けてやったのに!」
男(しかし……男を次々に篭絡とは、な。
不謹慎だが、よっぽどの美女なんだろ)
女「っくしゅん!
あれ、また風邪ひいたかな」
男「ん? まあ、想像は自由だってコトさ」
女「……またアンタは」
男「なー」
女「ん、なんだ?」
男「たまに考えてたんだけどさ、もう一個穴作らねぇ?」
女「もう一個? なんで?」
男「ほら看守にバレないように話すのは当たり前だけど、もしバレたら埋められるかもって話ししたろ?」
女「ああ、そんなこと話してたな。でも気を付けてたらいらないんじゃないか?」
男「ほらもしもってこともあるだろ? それに俺は最後まで……あんたと下らない話しをしていたいからさ」
女「ふふっ、君も寂しがり屋だな。でも作るとしても埋められてからだ。多分穴は全部見付かるだろうからな」
男「……あー、それもそうだな」
男(覗きがしたくなったとき用に欲しかったのに……)
女「すーすー」
男「…」
男(結局こいつ・・・なにしたんだ・・・?そんなに殺すような性格だと思えないが・・・)
女「ムー・・・男・・・」
男「ん?なんだ?」
女「むー・・・」
男「なんだ、寝言か・・・」
女「んー」
男「・・・へっ・・・へっくしっ」
女「へっくちん」
勿論、新ジャンル「脱獄後二人」もあるんだろうな!あるんだよな!?
女「あー。退屈」
男「退屈……といったら、授業」
女「なに? 今度は連想ゲーム?
授業といったら、しょーりゅーけん」
男「……しょーりゅーけん?」
女「わたしが行ってた学校の先生がさ、ゲーム大好きで。
授業中にしょーりゅーけんについてアツく語ってたの」
男「はっは! 知るか!
まあいいだろ、昇竜拳といえばストリートファイターだ」
女「ストリートファイターといえば、にんにく」
男「……にんにく?」
女「路上でケンカしてるのを見たことがあるんだけどさ。
殴り飛ばされて露店で売ってるにんにくの山に」
男「はっは! 知るか!
まあいいだろ、にんにくといえば吸血鬼」
女「……これ、ゲームとして成立してるの?」
男「はっは! 知るか!」
男「古今東西!」
女「唐突だね」
男「『ひさしぶりに外に出てみたらいきなり空から降ってきて
地面で大きくバウンドしたあげくにかわいい女の子に拾わて
幸せな一生を過ごすもの』~!」
女「……で、どっちが先攻?」
男「いや、女で」
女「提案したアンタからでしょ。ふつー」
男「……いや、女で」
女「寝るよ。いいの?」
男「ごめんなさい思いつきません」
女「はいあんたの負けね」
男「いーコト思いついた」
女「んー?」
男「チェスしようぜ」
女「はぁ?」
男「将棋でもいい」
女「盤は?」
男「なくてもできるだろ。頭ン中」
女「……ええと。ごめん、わたしそんな
脳の容量なくてさあ……」
男「そうか……残念」
男「いやしかし退屈だ。こうなったらよ、
新しい遊びを考案すべきだな」
女「遊びって?」
男「ひまつぶし」
女「わかってる」
男「つまり、声だけでできるゲームだ」
女「例えば?」
男「さっきやったしりとりみたいなの」
女「そうは言うけどねー」
男「……お。いーコト思いついたぜ。
ジャジャーン! チキチキ音程当てゲーム~」
女「……はぁ?」
男「つまりだ。あ~♪ 今の音は『ソ』の音だがな、
互いに声出して音程を当てあうっていう――」
女「ちょっと待ってアンタ絶対音感まであんの?」
男「無理か?」
女「無理」
男「残念」
看守「今日の夕食だ。ありがたくいただけよ」
女「……ねえ。これ、量が少ないんだけど。
もうちょっと増やせないの?」
男(――おい女!? 余計なコトを――)
看守「うるさい。おまえらみたいなのはな、生かして
おくだけで害になるんだ。食わせていただける
だけでありがたいと思え」
女「…………!」
看守「なんだその目は。いやに反抗的じゃないか。
『教育』が必要か?」
ガコン、と音を立て、看守が独房の扉を開いた。
そのまま女の前に立ち――
手にした警棒で、女の腹を殴りつけた。
>>119 女「!? ぐ、あぁ……!」
男(――――! この声、まさか殴られてる!?)
看守「自分の立場というものを理解しているのか?
きさまらはな、もう屠殺されるのを待つブタも
同然なんだよ!」
女「ぐふあっ……!」
男(このッ……許せねえ!)
女「アンタは、黙ってて!」
男(!!)
看守「な、何をォ――!」
女「うあ、く、がっ、ああああああ……!」
>>120 男「……悪いな。俺のために」
女「う、いたた……なんの、コトよ?」
男「メシ」
女「今日はなんか少なかったような気がしただけ」
男「俺に、黙ってろって言ったろ。騒ぎ立てたら、
俺も同じ目に遭うから。
あの馬鹿、自分が言われたと勘違いしやがって」
女「それも違う。あのバカの言い方が気に入らなかっただけ」
男「…………」
女「大丈夫だよ。犯されなかっただけマシだと思わないとねー」
男「そうか。痛くねえか?」
女「いたいけど、これくらいなら平気。
……なんかつかれた。寝ても、いい?」
男「ああ。おやすみ」
女「……ん、うう」
男「お。起きたか?」
女「うー……なにこれ、カラダ中いたい……」
男「大丈夫か? 熱出たり、してねえか?」
女「んー。今のとこ大丈夫っぽいけど」
男「…………」
女「そんなに心配しなくても大丈夫だってば。
アザとかが残ったりしたら看守のバカも体罰がどうので
やばいから、顔とか頭は殴られてない」
男「……そうか」
女「カラダもきれいなまんまだしね。うん」
男「きれい……?」
女「あ。せっかく秘密にしてたのに」
男「てめえ俺のことをガキだガキだと言っておいてからに、
男の身体も知らねえのかよ」
女「怒んないでよ、もう」
男「するってえと、バカな男を篭絡して
どうのこうのってのは」
女「んー? べつに最後までしなくても、
明かりを消してわたしを組み敷いた
時点で隙だらけだし」
男「……すげえな。おまえ」
女「処女ってだけで油断する男も多いしね。
ま、いろいろと好都合だったんだ。
この方が」
男「好都合、ね……」
女「それに最初はやっぱり……ああいや、
なんでもない」
男「お? そんな乙女チックな発言が
おまえの口から出るとはな。
初めてなんじゃねえ?」
女「あーもううるさいうるさいッ」
男「……ぐー」
女「…………」(ぎゅ)
男「……ぐー」
女「…………!!」
女の拳が男の額を打ち抜く!
男「ぐおあ!? てめえなにしやがる!」
女「……えっちな夢見てた」
男「うお!? ばれてる!」
男「……うむ。一句できた」
女「なつくさや、つわものどもが、ゆめのあと」
男「どっかで聞いたような気がするなそれ。
だが残念ながら違う」
女「聞こうじゃない」
男「壁の外を照らす日の光を思うにつけ少年時代に
野山を駆け回ったことがしみじみと思い出される」
女「……なにそれ? 解釈?」
男「字あまり」
女「今のが句だったの……」
男「ああヒマだ」
女「そうだね。こんなくだらないボケをかますくらいには暇だね」
女「男ってさ」
男「なんだ?」
女「なんでここにいるんだっけ」
男「お。聞きたくなったのか?」
女「……まあ、寝る前にぼんやり考える程度には」
男「眠れなくなったり?」
女「することもまあ、あるかな……」
男「おうおうそりゃ大した進歩だ。ちょっと前までは
ただの暇潰しのネタだったのにな」
女「なによ。悪い?」
男「悪かあねえさ。むしろうれしいねえ。俺のことを
考えて夜も眠れねえなんて、な」
女「ちょっと! なに言ってんのさ!」
男「んー? 喜んでるだけだぜ?」
女「あーもううるさいうるさい!」
男「はっは」
女(……結局、はぐらかされちゃった……)
男「はっは」
女「やっぱりさー」
男「んー?」
女「死ぬまでに一回くらい、抱かれてみたかったなあって
思わないでもないんだよね」
男「チャンスはいくらでもあったんだろ?」
女「『愛する男性に』っていう条件がつくんだけど」
男「そうかよ……そいつは、ご愁傷」
女「男ってさ、経験あるって言ってたよね」
男「……話す気はねえぞ」
女「えー。けちー」
男「想像は自由だって言ったろ?
好きなように妄想してろよ」
すまん寝てた。寝てるうちに、書いてたもう一方の
ハイスペックハグが落ちてしまったーよ
女「ねえ、今どこにいる?」
男「ん? 部屋にいるに決まってるだろ?」
女「そうじゃなくて。部屋のどこにいるの?」
男「当ててみな? 退屈しのぎにはなるかもしれんぜ」
女「わかるわけないじゃん」
男「お? 俺にはおまえがいる場所がわかるんだがな」
女「へ? ど、どうやって? まさか、こっち見てる?」
男「見てねえよ。でも、これだけ背中があったかけりゃ、
俺と背中合わせに座ってることくらいわかるさ」
女「う……それは、その」
男「あれ? もしかして、当たっちまった?
半分くらい冗談だったんだが……」
女「……へ?」
男「そーかそーか、女も俺のぬくもりが恋しいってのかー。
かわいー奴だな、はっは」
女「このっ……またアンタはそうやって調子に――」
男「そんで、おまえはまたそうやって照れ隠し、と。
はっは」
男「殺したよ」
女「……え?」
男「たくさん殺した」
女「そっか。死刑の判決くらうぐらいだもんね」
男「どいつもこいつも、クズばっかりだった。俺も含めて」
女「……どういうこと?」
男「俺はおまえとは違う。殺したい奴を、殺す気で殺した」
女「ちがう。そうじゃない」
男「……復讐」
女「……なんて?」
男「やんちゃやってた頃の話さ。カラダばっかりでかくなって、
中身はガキとなんにも変わってなかった頃の話」
女「うん……」
男「大切な仲間たちがいたんだ。毎日毎日バカばっかりやってよ、
そりゃあ楽しかったもんさ……
よう。日本に今どれだけの裏社会があるか、知ってるか?」
女「まあ、ある程度はね。わたしもそこにいた」
男「非合法に、だが公然となされてる取り引きってのは、世界中にある。
クスリだとか人身売買だとか、そりゃあやべえ取り引きさ。人を
不幸にしかしないたぐいの、な。
それをさぐれば次の日には東京湾に浮くってことも珍しくはねえ」
女「それを、やってたっていうの?」
男「世界を変えられるんだって、本気で思ってた。バカだったよ、本当に。
だがある日、そのやんちゃが過ぎた。裏の組織に、俺たちがやってる
ことをかぎつけられて――」
女「……もういいよ。だいたい、わかった」
男「俺以外はみんな殺されたよ。なんで生き残れたのかが不思議なくらいだ。
……みんないい奴ばっかりだった。許せなかった。だから……
殺したよ。たくさん殺した」
女「……そっか」
男「すげえ後悔してる。やんちゃやってた頃のこともそうだけどよ、
組織の奴らを皆殺しにしてやるって決めてから、本当に後悔した。
奴ら、すげえ数なんだよ。その中には普段から活動してるわけ
じゃない奴もいた。もしかしたら、無関係だった奴も殺しちまった
かもしれない。
それでも、どうしても許せなくて――」
女「……うん」
男「殺しまくったよ。組織が壊滅するまで。
だから、俺は今ここにいる」
女「わかった」
男「終わった後は、警察から逃げる気力も残ってなかった。
シリアルキラーってのもよ、楽じゃねえんだ……
何人も何人も殺さなきゃいけないのに、その間警察に捕まっちゃいけねえ、
相手に負けちゃいけねえ、人目に触れるわけにもいかねえから
食料の調達もままならねえ、おまけに俺はまだ罪の意識ってやつを
持ち合わせていてそれをおさえつけなきゃならねえとくる」
>>167 女「……知ってる。わたしも似たようなものだったから」
男「本当、ろくなもんじゃなかったよ。こんなことをするためにここまで
生きてきたわけじゃ――」
女「――もう、いいよ」
男「…………っ」
女「わたし、今日はもう寝るね。夜も遅いし、眠くなっちゃった」
男「…………」
女「じゃ、また明日ね」
男「…………
悪い。でもその前に、聞いてくれよ」
女「……ん?」
男「俺な。隣にいるのがおまえで、本当によかったと思ってる」
女「あっそ。なにいきなり恥ずかしいコト言ってんの」
男「へへ」
女「……わたしもよ」
女「ねえ」
男「なんだ?」
女「わたしね。もしかしたら、あんたの顔を
知ってるかもしれない」
男「……はあ? なんでだよ?」
女「あんたが言ってた裏組織ってさ。表向きには
まっとうな職業についてる人ばっかりで
構成されてたんじゃない?」
男「そのはずだが……」
女「だから、世間から見ればなんのつながりもない
人たちが次々と殺されてくっていう事件だった」
男「……ああ。もしかして」
女「凶悪この上ない無差別殺人犯。顔写真つきで
指名手配されるのも、不思議はない……よね?」
男「なるほどなー……って、おいなんだよソレ!
なんか不公平だぞ?」
女「べつに不公平でもなんでもないでしょ。
見たかったらいつでもその穴からどうぞって
言ってんじゃん」
男「ううっ……そ、想像は……」
女「自由なんだったねー。ま、好きにしたらいいよ」
女「もしも、さ」
男「ん?」
女「もしも、仮に、ありえないことなんだけど――」
男「えらくもったいぶるな。なんなんだよ」
女「独房にいる二人の囚人がさ。恋に落ちたら、
どうなるんだろう?」
男「……おおう。おまえ、とうとう――」
女「仮定の話だって言ってんでしょ!?」
男「うお!? てめ、声がでけえ!」
>>172 女「で、どうなると思うわけ?」
男「どうって、言われてもな。そりゃあ、男が
奇跡の怪力でこの壁をぶち抜いて女を救い出し、
看守どもをちぎっては投げちぎっては投げて脱出、
ふたりは遠い島に逃れて幸せに暮らす。
ほら、ハッピーエンドだ」
女「……真剣に答えてほしいんだけど」
男「ありゃ? 仮定の話じゃなかったのか?」
女「……その、まあ、そうなんだけど……」
男「まあいいや。真剣に答えるとすりゃあこうだ。
べつに、どうにもならねえ。二人は顔を合わせる
ことすらねえ。
天国で――いや、地獄で仲良く暮らすしかねえな」
女「……そっか。そうだよね……」
女「男はさ。いいよね」
男「……なんでだ?」
女「仲間が、いたんでしょ」
男「まあ、な」
女「お互いに信頼しあってさ。よっぽど大切にしてたんだよね。
それをなくした時に、男が人生捨てるくらいに」
男「…………」
女「わたし、そういう人いないから。わたしのこと大切にして
くれてると思ってた人は、ただわたしを利用してただけ
だから。わたしも、ただ捨てられたくないだけ、ひとりに
なりたくなくて言いなりになってただけだから」
男「……なあ、女よ」
女「……ん?」
男「めったなことは言うもんじゃねえさ。おまえが知らないだけで、
おまえを必要としてる人ってのがいるのかもしれない」
女「……この壁の、むこうに?」
男「さあ、な」
女「…………」
男「…………」
女「……せなか、あったかいね」
男「……そうだな」
女「ねえ。こないだ、一回くらい抱かれてみたかったって
言ったじゃん」
男「ああ」
女「わたしね……その、ヘンなこと言うんだけどさ……」
男「んー? どうした?」
女「その一回が……あんただったらいいなって……
思ってたり、するんだ」
男「ぶッ。な、いきなり何言い出しやがるッ」
女「……べつにおかしくないでしょ」
男「おかしいって。だってそれ、おまえ、アレだそのさっきの」
女「何混乱してんの。みっともない」
男「うっせ。そりゃ驚くわ」
女「なんでよ」
男「なんでって……そりゃおまえ、これまでの態度とか――」
女「……だってさ。あんたと話してたら安心するし。
一人で裏の組織を壊滅させられるほど頭が切れて、仲間を
大切にして、そのくせ妙に子供っぽくてほっとけないし。
写真を見る限り顔だって悪くない、体格もそこそこいいし。
ずっとこうやって話してれば情も移るし」
男「……ううむ。そう言ってくれるのは嬉しいんだが、
唐突すぎてちょっと困るな」
女「実現しないってわかってたから、言えた。それだけが、
残念だよ。ホントにね」
男「俺もだ。気持ちだけ、ありがたくいただいておくさ」
……ドン、ガタン、バタン!
男(……さっきから隣うるせえな)
――きゃあぁあっ!
男(ああ、隣に新しく来たの、女だったのか)
女「いやぁあっ、やめてぇっ!」
男(……うるせえな……看守にレイプでもされてんのか?)
……がしゃん!
女「来ないで、来ないでぇ!」
男(そういえば、前の奴が穴開けてたな、確かここらへんに……)
男(あれ?……暗い……?というか何だこれ。やけにカサカサして……)
男「おーい、どうかしたのか?」
女「ひゃああぁあ!?しゃ、喋った!!」
男「……ん?」
女「ゴキブリが喋ったあああ!」
男「ちょwwこれGの腹かよ!」
女「うわあああんこわいよー!」
女「男さんはなんでここにいるんですか?」
男「…お前は馬鹿か」
女「あはは…よく言われます…」
男「はぁ……殺人だよ。些細なことで喧嘩して、気づいたときにはそこに殺人者の出来上がり」
女「男さん、そんなことしなそうな人ですけどね」
男「何を根拠にそんな言葉が出てくるんだよ…大体会って…というか話し始めてから数分しか経ってない人間の何が分かる」
女「根拠…そうですね…私の直感って当たるんですよ」
男「…やっぱりこいつ馬鹿だ…」
男「お前は…女はどうしてここに連れてこられた?」
女「人殺し」
男「え?」
女「ん、どうかしました?」
男「いや…なんでもない…」
女「ふふ、おかしな男さんですね」
男「うるさい…でも、虫も殺さないような可愛い声のやつが人殺しなぁ…」
女「あ! 今ほめてくれました? えへへ、ありがとうございますっ」
男「…ポジティブって言葉はこういう奴の為にあるんだな…」
男「よう女、起きてるかい」
女「当たり前じゃない。昼すぎなんだから」
男「そうかそうか。飯食った後なんでお昼寝でもしてるかと思ってね」
女「あんたと違ってそんな単純な原理で動いてわけじゃないのよ」
男「はっは!厳しいお言葉で」
女「で、何の用?」
男「外見てみろよ。お空が真っ青だぜ」
女「ああ……どおりでいつもよりまぶしいと思ったわ」
男「ぶっ殺したいくらいの快晴だよな」
女「もうちょっと言葉を選びなさいよ……」
男「いやいや本心だ。お天とさんが綺麗なほど、俺は理不尽を感じてしょうがないのさ」
女「……私たちに理不尽なんて言葉、使う権利なんて無いわ」
男「はっは!分かってるよそんくらい。冗談だ冗談。言ってみただけさ。俗に言う中二ってやつさね」
女「本当にあなたってつかめない人ね」
男「褒め言葉として受け取っておくぜ」
男「この分だと星も綺麗に見えんじゃねえかな」
女「またぶっ殺したいとかぬかすわけ?」
男「はっは!一度受けなかったネタを繰り返し使うわけねえだろうが!」
女「あれがネタだっていうならあなた人を笑わせる才能は皆無ね」
男「あっちゃ~……結構自信作だったんだけどなあ」
女「こんなところで平気な顔で笑えってほうが無理あるけどね」
男「そんなこたぁねえさ!笑ってりゃ救いもあるかもな」
女「新作?全く笑えないわ」
男「笑え笑え!……と、言いたいところだがそろそろ看守さんが来るんでね」
女「あら残念」
男「つーわけで俺は大人しく今までの人生を振り返りつつ思い出し笑いをすることにする」
女「キモっ……ちょっと壁から離れなさいよ」
男「断る。背中が冷たいのは結構寂しいんだぜ?」
女「それには同意しとくわ」
女「結局雨降っちゃったわね」
男「俺の予想は見事に外れたってわけだ」
女「にしては嬉しそうね」
男「おう!俺は雨が好きだからな」
女「綺麗じゃないから?」
男「ばっかおめえお天とさんが汚い時があるわけねえだろ」
女「それはどうかしらね。今は大気汚染がひどいらしいわよ」
男「お前さんにはロマンが足りねえ。晴れだろうが雨だろうがお空は綺麗なんだよ」
女「ロマンなんか感じてる暇なんかなかったのよ。私の人生ではね」
男「はっは!そりゃ失礼した。だが今から探しても遅くはねえよ」
女「死刑囚から出るセリフじゃあないわ」
男「全くだ!こいつぁロマンチックじゃねえか」
女「……理解できない」
男「理解しろ。それが人生を彩る要素だ」
男「しっかしあんたはどんな顔をしてるんだろうなあ」
女「気になるならその穴から覗いてみなさいよ」
男「前にも言ったが想像すんのが楽しいのさ」
女「男の頭の中で私はどんな顔してんのかしらね……」
男「結構美人さんだぜ?なぜなら不細工を想像したってちっとも面白くないからだ」
女「あなた今全国の不細工敵にまわしたわよ」
男「はっは!上等じゃねえか。それに敵にまわった時点でそいつは自分が不細工だって認めたことになるしな」
女「あら?そしたら私も敵にまわろうかしら」
男「面白いジョークだ。あんた最高だぜ」
女「それはどうも」
男「煙草が欲しい。俺は今無性に煙草が吸いたい」
女「ずいぶんいきなりね。あなた喫煙家だったの?」
男「いや俺は大の嫌煙家だった。あの煙の臭いが大嫌いでしょうがない」
女「……は?じゃ、どうして」
男「そろそろ人生においてのカタルシスが欲しいのさ、俺は」
女「こんな人生の瀬戸際で?」
男「瀬戸際だからこそさ!俺は俺のやりそうにないことをやりたいんだよ」
女「それはそれは……至極どうでもいいわ」
男「冷たいねえ。周りが灰色だからって自分が灰色になる必要はないぜ?例えばバラ色とか」
女「こんなところでバラ色になってどうすんのよ。男の頭ん中じゃあるまいし」
男「はっは!違えねえ!」
女「あなたほど死刑囚が似合わない人はいないわね……」
男「何言ってんだ。人格で人を判断しちゃいけねえってばあちゃんに習わなかったのか?」
女「そんな格言初めて聞いたわよ。つーか人格じゃなかったらどこで人を判断すんのよ」
男「もちろん見た目さ!」
女「じゃ、私たちはお互いを判断できない状態ってことね」
男「判断なんかする必要なんてねえ。こうして互いに会話できるんだからな」
女「ま、会話できるだけマシってことかしらね……」
男「穴に感謝しとけー。ついでに穴を開けた俺にも感謝しとけー」
女「穴を開けたのは前に住んでた人でしょうが」
男「今いないやつに感謝してどうすんだよ。ほれほれ」
女「穴があったって人がいないとどうしようもないでしょ。そっちこそ私に感謝しなさい」
男「死刑囚に感謝なんかしてたまるか」
女「その言葉、そっくりそのままお返しするわよ」
男「なあ。あんたはこっから出たいと思うかい?」
女「こっから?……そんなわけないでしょ」
男「そりゃまたどうして」
女「私は自分のやってきたことを後悔してる。でもちゃんと償うものは償うわ」
男「はっは!それはそれはご立派なことで」
女「……馬鹿にしてるの?」
男「そんなこたぁねえよ誤解すんな。俺にはそんな覚悟、できやしないからな」
女「じゃあなんであなたはそこにじっとしてるのよ」
男「単純な話だ。他に選択肢が無いからさ」
女「ただの思考停止ね。反吐が出る」
男「死刑囚の思考なんて反吐よりも役に立たねえよ」
女「全くだわ」
男「ここで問題だ!君にとって死とは何か?」
女「なによ禅問答のつもり?くだらない」
男「まあそう言うな。暇つぶしだよ暇つぶし。お互い死ぬ身だ。語ろうじゃないか」
女「お互い死ぬって……遅かれ早かれ死は誰にだって来るわ」
男「俺らが殺した人間たちにもな」
女「……」
男「俺らは殺し、また殺される。こんなに死が身近な立場っつたら後は病人くらいなもんだ」
女「そうなるわね」
男「で、改めて死というものに向き合ってみようということさ」
女「だからそれがくだらないっつってんのよ」
男「なぜだ」
女「だって命を軽々しく扱ってきたからここに入ってるんでしょ。その私たちが……」
男「命じゃねえ死だ。間違えんな。それに俺は死を軽々しく扱った覚えはない。命なんかは知らんがな」
女「ガキくさ……」
男「はっは!どうとでも言え。所詮壁越しの会話、悪口暴言なんでもござれだ」
女「じゃあ何?死んだ後どうなるかとかそんな話?」
男「いいや死ぬこと自体にさ」
女「私にとって、ね……。うーん、終着点、かしらね」
男「ほほう終着点か」
女「ゴールじゃなくて、終着点。ここであなたの人生は終わり……って感じ」
男「それはあんたが殺した人間にも言えるのか?」
女「……今日はずいぶんとつっかかってくるわね。そういうあなたはどうなのよ」
男「俺か?俺にとって死は見苦しいものだ!」
女「見苦しい?」
男「死ってのは無理やりねじ切った糸の断面みたいなもんだ。ほころびが多いし見栄えも悪い。だから気も使う」
女「それはあなたが殺した人間でしか死を体感できなかったからでしょ」
男「はっは!そのとおりだ!だが俺はたとえ天寿を全うした老人を見ても見苦しいと思うだろう」
女「一応聞いてあげる。何故?」
男「どう考えたってしわくちゃの爺婆だからだ!」
女「……身も蓋もないって言葉、こういうときに使うんでしょうね」
女「どうして死に気を使うのよ。どうせ結果は一緒でしょ」
男「俺は見苦しいのは嫌いだ。だから見苦しくない死を探した。そしたらここに来ちまった」
女「探し方が間違ってたんじゃないの?医者にでもなればよかったのよ」
男「はっは!正論だ。だが俺にはいかんせん学ってもんが無かった」
女「だから殺したっていうの?言い訳にすらならないわよ」
男「医者にならなかった言い訳にはするが殺した言い訳なんざにはするつもりはない」
女「あら殊勝な心がけね」
男「周りの連中はこぞって心の闇なんて陳腐な言葉を当てはめようとするがな」
女「滑稽極まりないわ。こうして会話を交わせる人間に心の闇なんてあるわけない」
男「信用してるのか?」
女「闇すら持ちようがないほどあなたは単純で子供って意味」
男「いいねえその毒舌。惚れそうだ」
女「……くだらない」
男「自分の死についてはどう思う?」
女「え?」
男「今まで散々殺してきてとうとう自分の番が来たんだ。何か思うことくらいあんだろ」
女「別に……やっと終わりかってくらいよ」
男「かぁー!風情がねえな」
女「ならあなたはそれは素敵なポエムでも聞かせてくれるのかしら」
男「俺は俺自身の死も見苦しいだろうと確信している。それだけは絶対だ」
女「全てにおいて例外は無いって悟ったのね」
男「いいや?おまえさん人を絞殺したことはあるかい?」
女「だいたいナイフか拳銃だったけど」
男「そうか。だったら覚えとけ。人間ってのはな、吊るしあげるとそりゃあ醜い顔になるんだ」
女「へえ……」
男「加えて俺らは絞首刑。見苦しくならないわけがない」
女「あなたこそ風情もくそもないじゃない」
男「はっは!死に風情を求めてもしょうがないってこったな!」
女「ったく……」
女「ねえ」
男「どうした?」
女「わたしの前にここにいた人ってさ」
男「ああ」
女「なにをしてここに来たの?」
男「……訊いてどうする?」
女「どうもしない。あんたと仲良くしてたくらいだしさ、
きっと極悪人ってわけでもないんだろうなって。
そう思うと、ちょっと興味が沸いた」
男「そうか。話してもいいんだが……死んだ人間の
うわさばなしってのも気が引けるな」
女「なによ。その人の怨霊を呼び寄せでもしちゃうの?」
男「いや、そういうわけでもねえが」
>>322 男「おまえがそう思ってるなら、つまらねえ話になるぜ?」
女「どういうこと?」
男「極悪人だった、って言ってんだよ」
女「え……?」
男「金のために顔見知りだろうがそうでなかろうが
殺しまくった、弩級の犯罪者さ。死刑になろうが
同情する奴なんていやしねえ、むしろ喜んだ人間のほうが
多かったろう物欲の権化」
女「そんな……やめてよ、そんなシュミの悪い冗談」
男「冗談だとしたら、たしかに趣味が悪いな。
だがよ、いざ死ぬとなれば欲なんてのは意味がねえ。
奴も後悔してたさ。なんてことをしてしまったんだろう、
殺してしまった人たち、その家族、友人に申し訳ないってな。
そして、だからこそ……死をもって罪をつぐなうと決めた」
女「…………」
男「俺は、よ。もしかしたらおまえほど、人間ってモンに
絶望してねえのかもしれねえ。ガキだって言いたくなるのも、
まあわからねえでもねえってもんだ。はっは」
女「……そっ、か」
>>323 女「でも、わたしが人間に絶望してるみたいな言いかたしないでよ」
男「お? ああ、すまねえな。俺の中でおまえは薄幸の美女だからよ、
人の世をはかなんで――」
女「あーもう。そんなシュミの悪い冗談はやめろって言ってるでしょ」
男「わり」
女「……わたしも、男に会うまではそうだったけどさ……」
男「んー? 声が小さくてよく聞こえねえぞ」
女「なんでもないわよ。ばか」
男「馬鹿とは失礼な」
女「うっさい」
女「ねえ、男」
男「ん?」
女「『おむかえ』が来るのって、いつかなあ」
男「なにをいきなり言い出すやら」
女「ここにいれば、いつかは来るもんだし。
覚悟のひとつも決めておきたいじゃない」
男「怖い、のか? そりゃしかたねえさ。罪には、
相応の罰。そうでなきゃ、社会ってのは動かねえ」
女「……怖くないわけじゃない。でも、わたしの命なんて
かる~いもんだし?」
男「おまえなあ。そういう言いかたはやめろと――」
女「怖いのは……死ぬことじゃない」
男「……え?」
女「ひとりになっちゃうのが、なにより怖い。
男が『連れて』いかれちゃったらさ、わたしまた
ひとりになっちゃう。だれにも必要とされなかった、
あのころに戻っちゃう。
それが……怖いの」
>>329 女「だれにも必要とされないくせに、生きていてほしいって
思ってくれる人もいないくせに、わたしなんで生きてるん
だろうって思いながら抜け殻みたいに生きるのが、怖い。
なによりも。死ぬよりも……」
男「……そう、か」
女「だから、おむかえが来るなら男よりわたしが先に。
そう、思ってる」
男「そう言われてもな。刑の執行の期日は俺が決めるわけじゃ
ねえ。判決を受けた順でもねえ、お上のだれかの気まぐれだ」
女「わかってる。でも、それでも」
男「それに、その言い方はこっちの都合を完全に無視してる」
女「……どういう意味?」
男「わかってるくせによ」
女「はっきり言ってほしいだけ」
男「やだよ。もしかしたら壁に書いてあるかもしれねえぜ」
女「何も書いてないの、知ってるくせに」
男「ぐー」
女「寝たふりすんな!」
男「よう。ひとりになるのがいやだってんならよ」
女「んー?」
男「アレだ。三国志は知ってるか?」
女「ちょっとだけなら」
男「桃園の誓いってやつだ。我ら生まれた日は違えど」
女「願わくば、同年同月同日に死なん」
男「そう。ソレ」
女「どちらかが連れていかれたら――」
男「着てるものを格子かなんかに引っかけりゃ、
首くらい吊れるだろ」
女「死にかたも同じ、か。いいかもね、それ」
男「だろ。はっは」
>>334 女「……あ!」
男「どうした?」
女「それ、やっぱダメ」
男「なんで?」
女「だってそれ、義兄弟の契りじゃない」
男「なにがいけねえんだよ」
女「……ダメなのっ」
男「じゃあどうしろてんだ」
女「……その、ええと」
男「夫婦の契り、か?」
女「! まあ……そうなる、かな」
男「はっは。俺、おまえの顔も知らねえんだぜ?」
女「三国志の時代なら、フツーのことだったはずでしょ」
男「政略結婚か? ま、それもそうだ」
女「でも、政略結婚なんかじゃない」
男「いいだろ。じゃあ、いくぜ?
我ら生まれた日は違えど――」
女「願わくば、同年同月同日に死なん」
男「酒もねえ花もねえ、シケた契りだがよ」
女「うん。十分だよ……ありがとう」
男「よう。おまえってさ、判決もらうときに
情状酌量とか、あったか?」
女「……なかったよ」
男「なんでだよ? 事情が事情だし、ちょっとくらい
あってもいいような気がするんだが」
女「命じられてやったっていう証拠がなかったから。
もちろん、わたしを拾った人……わたしに人を
殺させた人は、わたしをかばうことなんてなかった」
男「……そうか。きたねえよな、世の中……そういう
奴らがのさばる一方で、おまえみたいな犠牲者がいる」
女「そういう、男は?」
男「ある程度は認められた。けど、それをもってしても……
俺は、殺しすぎた」
女「そっか……」
男「とすれば、もしかしたら……おまえには、まだ目は
残ってるかもな」
女「……え?」
男「いや。なんでもねえよ。どっちにしろ、ここからじゃ
なにもできやしねえ……忘れてくれ」
男「よう。ちょっと聞いてくれや」
女「んー?」
男「メシと一緒によ。こんな紙がついてきやがった」
女「見えないよ。なんて書いてあんの?」
男「食いたいものを書け、なんでもいいから……だってよ」
女「…………!」
男「いやー。とうとう来ちまったか。おそらくは明日……だな」
女「な……なんでそんなに落ち着いてられるの……?」
男「さあ、なんでだろうな。隣にいい女がいるからかもしんね」
女「そんなっ……やだよわたし、男が――!」
男「いいからおまえは落ち着け。騒ぐと看守にかぎつけられる」
女「だけど……だけどっ!」
>>342 男「なあ、頼みがあるんだけどよ」
女「え……?」
男「想像は自由とか言ってきたが……一目でいい。そっち、
のぞいていいか?」
女「え、う……今は――」
男「今しか、もうねえんだ」
女「……わかった。いいよ……」
男「おっしゃ。じゃあ、のぞくぜ?
お。おお。おお~~~」
女「……なによ、その反応」
男「へへ。思った通り、大層な美人だ……けどよ、そんなに
泣いてちゃ台なしってもんだぜ?」
女「うっさい……だから今はイヤだって言ったのに……!」
男「笑ってくれよ。この眼に焼きつける」
女「……うん」
男「はっは。最高だ。もう思い残すこともねえ……ってか」
男「お。空が明るくなってきやがった」
女「……うん」
男「夜が明けきったころに看守が来るはずだが……さて」
女「…………っ」
男「よっ、と」
男のかけ声とともに、ごきん、と鈍い音がする。
女(え……? 今の音は――)
男「うお!? なんだ、間に合ったってのか!」
女「え!? 一体どういう――」
男「はっは! 詳しく話してる暇はねえが、つまり――
しばらくは、死ぬなってコトさ!」
女「えっ――男? ねえ、男ー?
返事がないっ……何がどうなって――」
>>355 女(結局返事がないまま朝になっちゃった……)
看守「おい、時間だ。出ろ……
なに!? いない!?」
女(!? まさか――)
看守「窓の格子が一本折れてる! まさか、脱獄か!?」
女「――――!!」
>>358 女(そういえば……あいつ、言ってた)
男『世の中なにが起こせるかわかんねえ、ってな』
女(考えてみれば、壁に穴開けようって奴だもんね……
格子に同じような細工をしようとしたって、何も
不思議じゃない。でも、コンクリートの壁と
鋼鉄の格子じゃ、勝手が全然違うはず……)
看守「格子の根元がぼろぼろに錆びてる。なんでだ、
錆止めの塗装がしてあるってのに!」
女(それは、何も不思議じゃない。フォークの先で
毎日しつこくつつけば、塗装くらいならはがせる。
でも、錆びるまでが早すぎる……
錆びるために必要なのは……塩分? でもここは
潮のかおりもしないし、海からは遠そう。
あるとしたら、食事の汁物? ごはんが足りない
足りないってぼやいてたのは、そのせい?
あとは……まさか、血とか……?
ともあれ、さっきの『間に合った』ってのは、
刑の執行より手で折れるくらいまで格子が錆びる
ほうが早かったってこと)
>>359 看守「とにかく、探せ! 急ぐんだ!」
女(おそらくは探しても無駄。
男が出ていってから、数時間は経ってる。わたしで
さえ、ここに連れられてくる間の道順は覚えてる。
男が覚えてないはずがない……
たぶん、もうこの刑務所の中にはいない。
問題は……たぶん、警察が動く。このあたり一帯を、
包囲することになるはず。
そこを突破できれば、男は逃げ切れる)
女(でも、納得できない。
男は仲間を大事にする性格のはず。約束を破るなんて、
考えられない。根拠はないけど、わたしはそう
信じてる。なのに……
夫婦の契り、どこに行っちゃったの……?)
>>369 女(あれから、数日。男が捕まったっていう話は聞かない……)
看守「おい。手紙が届いてるぞ。父親からだそうだ」
女「! わかった。おつとめごくろうさま」
女(どういうこと? わたしに父親なんていないのに……
すごい当たりさわりのない文章。まあ、手紙のたぐいは
全部チェックされるから、あんまりやばい表現がないのは
当然だけど。にしても、だれがこんなのを……
あれ? 最後のこの文)
『つらいことがあっても、笑い飛ばすようにな。
はっは、と』
女「――――! まさか」
>>374 女(あれ、男からの手紙だよね……
あれから一ヶ月経ったけど、なんの音沙汰もない。
どうしてるんだろう。捕まってないかな……)
看守「おい。出ろ」
女「え……?」
看守「そんな顔をするな。おむかえじゃない」
女「どういうこと?」
看守「詳しく話すと長くなる。とにかく、ここを出るんだ」
>>376 女(詳しく説明してもらったけど、まだ状況が把握しきれない。
わたしに人を殺させた、あいつ。あの男がやってきたことが、
明るみに出た。拾った女の子たちを使って邪魔者を消し、
のしあがっていったことが……
わたしと同じように利用されてきた女の子が、何人か保護
されたらしい)
所長「――ということだ。
本当なら一事不再理といってな。一度確定した判決が
くつがえることはないんだが、事が事だけに世論が動いた」
女「……そうだったんですか……」
所長「刑事訴訟法第435条により、再審を待つことになる。
それまでは勾留させてもらうが、おそらくは情状酌量の
余地と心神の耗弱状態だったことが認められ、
大幅に減刑されるだろう」
女「…………」
男『おまえには、まだ目は残ってるかもな』
女(あれは、多分このことだったんだろう……)
>>377 春が近づき、潮のかおりをたっぷりと含んだ風から
身を切るような厳しさがなくなりはじめた、ある夜。
女はひとり、波止場に立ちつくしていた。
小さな雲がまばらに浮かぶ夜空に皓々と輝く月が、
あたりを淡く照らし出す。水面に浮かぶもうひとつの
月は、女の心と同じようにゆらゆらとゆらめいている。
女「いい月だなあ……それに、あったかくなってきたね。
ねえ、いるんでしょ?」
虚空に声を投げかける。それが夜風に溶けて消え行ったころ。
「ああ……いい月だ。男と女の逢瀬を覗き見てるってのは、
なんとも趣味が悪いがな」
声が届く。ふり返ると、そこに。
>>379 男「よう。奇遇だねえ……こんなところで会うとはよ」
女「これ」
女は答え、一枚の紙切れをポケットから引っ張り出す。
勾留されている間に、受け取った最後の手紙。
男「お。気づいたか? さすがだねえ。行の最後の文字を
つなげて……」
女「『よる、よこはまこうで、まつ』」
男「ご名答」
女「日時までは指定してなかったのにさ。ホント、ばかだよね」
男「どういう意味だこいつめ」
女「毎晩ここにいたんでしょ」
男「るっせ」
>>380 女「あれから、再審してもらった」
男「知ってる」
女「わたしに人を殺させた、あの男。その悪事を暴いたのって、
あんたでしょ?」
男「さあなあ」
女「あんた以外に知ってる人なんてほとんどいないはずだしね。
まったく、警察から逃亡しながらそれだけのことを
やってのけるなんてね」
男「凶悪かつ危険この上ない無差別連続殺人犯ってのは、
ダテじゃねえさ。似たようなもんだった」
女「……ごめんね。二度とやりたくなかったはずなのに」
男「……いや。今度のは、人を救うためにやったことだ。
全然、違う」
女「うん……ありがとう」
男「はっは」
>>381 女「結局、心神耗弱と酌量減軽が認められて。執行猶予って
ことになった」
男「それも知ってる。世論がうるさかったからな」
女「それも、あんたの差し金?」
男「そいつは過大評価ってもんさ。
言ったろ、俺はまだ人間ってもんに絶望してねえんだ」
女「楽観的だよね。もし猶予がつかなかったら、数年は
出てこられなかったのに」
男「はっは。ま、日本の司法は女に甘えからよ、こうなる
んじゃねえかって思ってた」
女「それにしたってさ」
男「……まあ、どうなろうが俺は、おまえがここに来るまで
待ってるつもりだった」
>>382 男「ここで問題なのはよ。おまえは晴れてシャバに帰ってきた
わけだが」
女「あんたはまだ脱獄者、ってことだよね」
男「そういうことだ。で……もう目的は果たしたからな。
あそこに……独房に、戻ろうかと思ってる」
女「そんな……冗談でしょ?」
男「罪はつぐなわねえとさ。
だれかが俺を必要としてくれない限りは、
生きてる意味もねえしな」
>>383 女「……あんた。怒るよ……?」
男「けど……おまえが引き止めてくれるなら――」
女「怒るよって言ってるの。答え、知ってるくせにさ」
男「いや、わかってる。きたねえ正当化をやってるってことは。
でも……俺は――」
女「わたしには、頼れる人が男しかいない。男がいないと、
わたし――」
男「……へへ。きたねえよな。俺……
よう。おまえ、英語はできるか?」
女「……へ? いや、全然。なんで?」
男「ほら、あの船」
女「え?」
男「貨物船だ。アメリカ行きのな」
女「……まさか、あんた」
男「密航しようと思ってる。この国じゃあ俺は生きてけねえ。
おまえも一生日陰者だ。だから……
戸籍もなにもねえ、自由の国アメリカで。
もう一度、やりなおそうと思うんだ」
女「…………」
男「……来るか?」
>>384 女「『来るか?』だってさ。すっごいマジメな顔して」
男「本気で言ってる」
女「知ってるよ。なんでそんなこと聞くわけ?」
男「え……?」
女「答え、知ってるくせにさ」
男「……ああ。そうだな。いや悪かった。
おっしゃあ! んじゃあ、行くぜ!」
女「うん!」
そして、二人はアメリカへと旅立つ。
この元囚人二人がこれからどんな道を歩んでいくのかは
まだわからないが――
それはまた、別の話。
男「死刑囚にハッピーエンドは有り得るのか?」
女「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?みたいな感じで?」
男「そんな哲学的なもんじゃねえよ。言葉のとおりさ」
女「なら答えはNOよ」
男「そりゃまたどうして」
女「死刑囚になった時点でどう考えたってバッドでしょうが」
男「分かんねえよ?人によってハッピーもバッドも違ってくるからな」
女「あなたにとってこの終わりはハッピーなの?」
男「俺の人生の終わりにハッピーもバッドも無い。ただ終わる。それだけの話さ」
女「あなたが無理やりバッドエンドにさせた人たちが聞いたら激怒しそうな答えね」
男「あんたはどうなんだ?」
女「今のところは限りなくバッドに近いけど死ぬこと自体はあなたと一緒よ」
男「はっは!俺達はハッピーにもバッドにも終わらせられることはできないってこったな」
女「そんなに世の中余裕があるわけないのよ。死刑囚にドラマなんか用意させてくれないわ」
男「寂しいねえ。ああ寂しい」
女「この虚無感が私たちに与えられた最大の罰なんでしょうね」
男「ああ暇だ。憎たらしいほど暇だ」
女「私の顔でも妄想しとけばー?」
男「そんなのやりあきたぜ。もう精子のせの字も出てこねえ」
女「ちょっと……」
男「はっは!冗談だ!間に受けたか?」
女「こんな密室で栗の花の匂いなんか嗅ぎたくないわ」
男「俺もあの匂いは嫌いだ。が、いかんせん俺も男だからな」
女「……冗談じゃなかったの?」
男「ご想像にお任せする」
女「今すぐ死刑になれ」
男「残念!俺は絞首台に立つまで死ぬつもりはない」
男「お、今夜は満月だぜ満月」
女「前にも言ったけど私のとこからじゃ見えないのよ」
男「そりゃ御愁傷様だな。なんなら実況してやろうか?」
女「いい、いらない」
男「そう言うなよ。そうだな……まず丸いな!これでもかってほど丸い」
女「ふざけてるの?」
男「俺は大真面目だ。月あかりが入ってくるな」
女「綺麗?」
男「この部屋が大変ほこりっぽいことが分かった」
女「つまらない実況」
男「はっは!詩の一つでも詠みたいところだが生憎俺には才能が無いんでね」
女「少しでも期待した私が馬鹿だったわ」
男「フレデリックの詩なら知ってるがな」
女「どんなの?」
男「『二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。
一人は泥を見た。一人は星を見た。』」
女「意味は?」
男「知らね。ただ知ってるってだけさ」
女「全くもう……」
男「今日は風が強い」
女「鉄格子が鳴ってるわね」
男「そのまま外れてくんねえかな」
女「ありえない」
男「女にはジョークのセンスがねえ。例えばの話だよ例えば」
女「誰も仮定の話なんかしてなかったでしょうが」
男「じゃあこれからしようぜ。もし鉄格子が外れたらどうする?」
女「別に。看守に言って強化ガラス製の窓にでも変えてもらおうかしら」
男「そりゃあ素敵な考えだ。しかしここから出ようとは思わねえのか?」
女「してどうするのよ」
男「高跳びするなり戸籍を変えるなり色々あるじゃねえか」
女「もうそういうこと自体が面倒臭いのよ私は」
男「諦めの境地だねえ。夢も希望も無い」
女「死刑囚に夢と希望?あなたこそジョークのセンス無いわよ」
男「知ってるさ。だが持つだけなら自由だぜ?」
女「叶わない夢や希望なんて絶望よりたちが悪いもの。持つだけマイナスよ」
男「ゼロよりはマシだと思うがねえ。じゃないと退屈で死んじまう」
女「その前に死刑になるでしょうから安心しなさい」
男「はっは!ありがとよ。これで不安が一つ消えたぜ」
女「ホント飽きないわね……」
女「もし脱獄できたらどうする?」
男「俺か?まず女を助けるね!」
女「あらありがと」
男「そんでもって海外へ高跳びして二人で慎ましやかに暮らすのさ」
女「素晴らしい未来予想図だわ」
男「だろ?」
女「なんかもうファンタジーの世界のほうがよっぽどリアリティのある予想図だけど」
男「いいじゃねえかメルヘン。想像は人生を豊かにする」
女「牢屋の中で何を豊かにするっていうのかしらね」
男「自分自身をさ。豊かに満たされて死ぬ。最高じゃねえか」
女「ただの悪あがきにしか見えないわ」
男「はっは!俺に言わせてみりゃ50過ぎた後の人生なんざ悪あがきにすぎないのさ」
女「あなた歳は?」
男「そうさな……女が教えてくれたら教えてやる」
女「ならいいわ」
男「つれないこと言うなよ~。ま、若いってことだけ分かればいいけどな」
女「一応若い部類に入るでしょうね」
男「いいねいいね盛り上がってきた」
女「悪いけど私もう寝るから」
男「そんな!」
男「ここでお互いの身の上話タイムとしようじゃねえか」
女「めんどいから却下」
男「実は俺も話すつもりは全く無い」
女「じゃあそんな話ふらないでよ」
男「すまんすまん退屈だったんだ」
女「第一話したからって何が変わるわけでもあるまいし」
男「この会話があっという間に感動物語に早変わり」
女「それだけ?」
男「後はそうだな……時間がつぶれる」
女「時間がつぶれることは大歓迎だわ。さ、どうぞ」
男「俺がここに来た理由は前に話したろうが。今度はそっちの番だ」
女「私はただの仕事で殺してただけよ。あなたとなんか一緒にしないで」
男「はっは!女殺し屋ってか?そんなもの漫画の世界だけだと思ってたぜ」
女「そういう需要もあるってことよ。捕まっちゃったけどね」
男「どうして殺し屋なんかやってたんだい?」
女「言っとくけど深い事情なんか皆無よ。そうするしかなかったってだけだしね」
男「気丈に振る舞う彼女の心の真意とは……」
女「あーあー勝手に想像してくださいな。もう否定するのも面倒だわ」
男「ならば遠慮なくすすり泣くとしよう」
女「ハンカチ貸そうか?穴通らないけど」
男「気持だけ受け取っとくさ」
女「男はさ、恋したことある?」
男「お?いよいよ告白フラグか?」
女「話のネタも尽きてきたしね。少しセンチになりたい気分」
男「言うようになったじゃねえか。恋、恋、恋……ちなみに俺は童貞だ」
女「どうでもいい豆知識ありがとう。ついでに言うなら私も処女よ」
男「なんと!さっきの発言はぜひ記録に残しときたいが俺の脳内メモリに保存するだけにしておこう」
女「さっさと消去しな。で、恋したことあるのかどうか聞いてんだけど」
男「そこらへんは普通さ。偶然隣になった女の子を好きになったり友達に相談したり……ってな」
女「ふーん……てっきり友達いないかと思った」
男「はっは!裏社会を生きていらっしゃった女さんに比べればそれは平凡な人生でしたよ」
女「喧嘩売ってる?」
男「買い取りするならあんたの処女と交換ってことでどうだ?」
女「私の処女はそんなに価値が無いってことかしらね」
男「むしろ捨てさせてやるんだから感謝しろってとこか」
女「すっごい久しぶりに殺意がわいたわ」
男「感情の起伏があることはいいことだ。殺されるのは御免だがね」
女「死刑囚のくせに」
男「俺はまだまだあんたと話し足りないんだ。付き合えよ」
女「……ふん」
男「さてさて他愛もない会話を続けてきたがタイムリミットが近づいてきたな」
女「もうすぐかぁ……」
男「寂しくなるか?」
女「冗談。すぐ新入りが入ってくるでしょ」
男「だろうなあ気になるなあ」
女「やだ気持ち悪い」
男「はっは!俺はあんたのことが好きなんだ。気になるのは当たり前だ」
女「あっさり言ったなぁ……もうちょっとムードとか考えなさいよ」
男「どうせ独房の中で何言ったって場違いには変わりねえ」
女「でしょうけどね」
男「それに俺はLOVEだとは一言も言ってないわけだが?もしかしてあんたも……」
女「はいはい好きでしたよっと」
男「はっはあ!嬉しいねえ。だがもっと恥ずかしがって言ってくれりゃ最高だったんだが」
女「すいませんでしたねえ純情乙女みたいな反応じゃなくて」
男「拗ねんな拗ねんな。君は十分に美しいから……」
女「ぷっ…くっく……あはは!」
男「おや?お前さんもしかして初めて笑ったんじゃねえか?」
女「あ、あなたの口から『美しい』なんて……く、くだらなすぎて」
男「渾身の口説き文句だったんだがなあ……複雑だぜ」
女「あー……笑った笑った。うん、中々いい人生だったかな?」
男「なんだいいきなり」
女「夢も希望も持てるようになったってことよ。死んじゃうけどね」
男「それはいいことだ!それでこその人生だぜお嬢さんよ」
女「死刑囚の最期がこんなにすがすがしいものでいいのかしら」
男「気にすんな。ここに入っちまった時点で終着点は決まってんだ。そこに何を彩ろうが個人の勝手さ」
女「懺悔とかしとこうかな?」
男「しろしろ。地獄行きは確定だろうがな」
女「ごめんなさい殺しちゃった人たち」
男「ごめんなさい殺しちゃった人たち」
男「どうせならお互いの顔見ときたいな」
女「穴覗く?」
男「それはそれでロマンチックだが今更覗くのも風情がねえ」
女「じゃあどうするのよ」
男「ここを出るのは俺が先だ。出口はお前さん側だからそんとき顔合わせできるだろ」
女「たった一瞬じゃない」
男「だからいいんじゃねえか!俺はその一瞬を目に焼き付けながら絞首台に行くのさ」
女「まさに一期一会ってやつね」
男「はっは!その通りだ!せいぜい想像どおりの美人さんを期待しとくぜ」
女「想像以上の美女で腰抜かすんじゃないわよ」
男「それはこっちのセリフだ。超絶ハンサムを前に気絶すんじゃねえぞ」
女「童貞のくせに」
男「そっちだって処女だろうが」
女「ふん……じゃ、おやすみ」
男「ああ、また明日な」
男「おい女!朝だぞ!」
女「ん~……何よ朝っぱらから」
男「すがすがしいほどの曇天だぞ。死ぬにはいい日だ」
女「どこがすがすがしいのよ……気分悪いわ」
男「今日は記念すべき日だからな。テンション上がるってもんだ」
女「ああそういうことね……一応お礼言っておくわ。ありがと」
男「こっちこそ。死刑囚のくだらない人生の最期を彩ってくれたのはあんただからな」
女「ホントにくだらない人生だったわ……私の人生って何だったのかしらね」
男「また語ってみるかい?残り時間は少ないが」
女「やめとく。何のためにもならないし、そっちのほうが馬鹿馬鹿しいしね」
男「雑談なんて本来そんなもんだ。ましてや犯罪者の雑談なんてなおさらだ」
女「じゃあ今まで交わした会話なんて価値ゼロね」
男「そうさ!全く意味のないものだったが……」
女「だったが?」
男「俺の心を満たすには十分だ」
女「それはそれは」
男「はっは!さあいよいよ俺の人生も幕引きだ」
看守「時間だ。出ろ」
男「はいよ。今出ますっと」
看守「早くしろ」
男「そう焦んなさんな」
コッコッコ
男「……」
女「……」
コッコッコ
男「……じゃあな!憐れな女殺し屋さんよ!あんたやっぱり美人さんだったぜ!」
女「あなたもね!ハリウッドスター並みのハンサムだったわよ!」
看守「何をしてる!黙らないか!!」
男「はっは!お先に地獄で待ってるぜ!」
看守「こいつは……!早く来い!」
ガチャ バタン
女「……」
女「バカなひと」
女「……反対じゃないの、出口」
女「ホント、くっだらない……」
女(意外と早くここに来たなあ)コッ
女(結局隣は埋まらなかったし……めちゃめちゃ退屈だった)コッ
女(地獄か……退屈しない場所だといいんだけど)コッ
女(ま、あの人もいるだろうしね)コッ
女(いつになくメルヘンなこと考えてるな私……やっぱ影響うけてるわ)コッ
女(独房での生活が濃すぎてそれまでの人生がよく思い出せないし)コッ
女(処女は捨てとくべきだったかなあ)コッ
女(そもそもあの人本当に童貞だったのかしら)コッ
女(死刑にする人も大変だなあ。罪悪感とか)コッ
女(一応謝っとこうかしら。心の中で)コッ
女(えーと、ごめんなさい)コッ
女(おっとあと一段だ)コッ
女「はい13段目っと。準備おっけー、さよならー私の人生」
バタンッ!!
ハッピーでもバッドでもない囚人のお話でしたー
どっちもやっちまってるし
>>1の話は終わってるしね
人も少なくなったところでーどうでもいい感じでだらだらとー書かしていただきましたよっと
それじゃあさよならーさよならーさよならー
バタンッ!!
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