俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-第3章-
- 2011/01/31
- 00:14
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-第3章-
243: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 07:55:48.08
ID:1cyQfomb0
―――――――――――――――
2ヵ月後、焼肉屋で。
工場長「ビール10本追加で!」
店員「はいかしこまりました」
A「俺もう食えねーっす!」
B「ここ超美味いよな」
俺「・・・」
工場長「メル、ビールは?」
俺「大丈夫。もう帰るよ」
工場長「まだ全然飲んでないじゃん。早速給料で風俗でも行くのか?」
俺「はは」
工場長「そういやメルって普段何してんの?」
A「ああ、そうっすよ。そういえばメルさんの私生活って俺ん中でかなり謎なんすよ」
B「あーわかる。ゲーセンとか行かないし」
俺「妹と話してるか、テレビ見てる」
工場長「あら! ついに携帯買ったのか!」
俺「いや・・・」
工場長「買えよ!」
俺「まぁ、そのうちな」
工場長「正月は実家帰るのか?」
俺「いや。帰らない」
工場長「ははは、たまには親に顔見せてやれよ。喜ぶぞ」
俺「かもな」
工場長「ほら、荷物・・・重いな。何入ってるんだ?」
俺「・・・色々。サンクス」
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⇒俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」
244: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 07:57:16.43
ID:1cyQfomb0
工場長「気をつけて帰れよ」
A「お疲れっす」
B「お疲れ様でーす」
俺「お疲れ」
B「あ、そうだ、ちょっと待ってください」
俺「?」
B「お土産です!」
カバンから小分けのモナカを1つ。
俺「ああ、サンキュー」
B「いやー俺もモナカ好きなんすよ! 今日コンビニで煙草買おうとしたら目についたんで、あげようと思って」
俺「・・・」
B「じゃあ、お疲れ様です!」
俺「・・・うん。お疲れ」
店員「ありがとうございました」
チリン。
妹「兄?」
俺「何だ」
妹「何考えてるの?」
俺「いや、好きな奴いるんだなーって」
妹「あぁ。そんなに美味しくないんだっけ?」
俺「美味いけど、みんながみんな好きってほど美味くはないって言ったんだ」
妹「あー」
俺「俺は多分、初めて食った時腹減ってたからだと思う」
妹「そっか・・・」
俺「何考えてるんだ?」
妹「初めてって、家出したばっかりの時だよね?」
245: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 07:58:34.90
ID:1cyQfomb0
俺「覚えてるのか」
妹「うん。知らないお婆さんがくれたんだ」
俺「・・・」
妹「違うっけ?」
俺「あってるよ。余裕出来てきたからな・・・ちょっと会いに行ってみようかなって、ふと思った」
妹「えー? 場所わかるの?」
俺「実家からそう遠くないイメージがある。でも何せ知らない所だったし」
妹「うん・・・」
俺「・・・連休、暇だしな」
妹「行っちゃう?」
俺「探してみるか」
妹「うん」
262: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:15:11.05
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――
俺「・・・」
妹「・・・」
電車で1時間、探索に30分。ここは見覚えのある一軒家。
俺「記憶力は子供のほうがあるっていうしな」
妹「まだ13歳だったしね。さすが私」
俺「そういえば、死んだら歳取らないよな?」
妹「多分」
俺「ってことは、妹は今も13歳レベルの記憶力なのかな」
妹「さあ。でも兄もまだ21じゃん」
俺「今はな。これから10年20年って経ったらどうなるんだろう」
妹「どうだろうね」
俺「・・・」
妹「とりあえずピンポン押してみれば?」
俺「でも・・・いいのかな。俺達のことなんか覚えてるかな」
妹「駄目なら駄目でいいじゃん。ごめんなさいって言えば」
俺「そうか」
思い切ってインターホンを押す。
ピン、ポン。
俺「・・・」
女「はい」
声は若い。
俺「あ・・・」
女「どちら様ですか?」
俺「・・・ここに住んでたお婆さんを訪ねて来た者なんですが」
女「あ、ちょっとお待ちください」
263: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:16:42.88
ID:1cyQfomb0
妹「もう違う人が住んでるのかな・・・」
俺「わからん」
ガチャ。
中年の女がドアを開け、その脇から杖をついた老婆が出てくる。
俺「・・・!」
老婆「あなたは・・・」
俺「お、俺です! わかりますか? 5年前の」
老婆「あの子達なの?」
俺「貸してくれた服、返しに来ました。何だかんだで借りっぱなしだったので・・・」
老婆「まあ」
震えながら近づいてくる老婆。
敷地に入ることを躊躇していると、中年の女が老婆を抜いてこちらへ。
女「どうも、わざわざ」
カバンから服を出し、手渡す。妹の姿がちらついた。
俺「すいません。あちらのお婆さんにすっかりお世話になってしまって」
女「いいえ」
俺「あの・・・少し話をして行ってもいいでしょうか」
女「ん・・・」
俺「・・・?」
女「その・・・ね。ちょっと聞きたいんですけど・・・あ、でも違ったらごめんなさいね?」
俺「はい」
女「母が、ニュースやなんかでやってる行方不明の子供を見て『知ってる』って言うことがあるんですけど」
俺「・・・」
264: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:17:57.25
ID:1cyQfomb0
女「あはは、違いますよね。ごめんなさいね、あはは」
老婆「今日も上がって行くかい?」
俺「よろしければ」
老婆「ぜひそうしておくれよ」
俺「ありがとうございます」
女「あ! ちょ、ちょっと待ってて、玄関片付けないと」
老婆「ああ、手伝うよ」
女「いいって、母さんは」
俺「・・・」
女、足早に入っていく。
老婆「ごめんね、立たせちゃって」
俺「いえ、全然」
老婆「私は足が悪くなっちゃった。あなたすっかり大人になったねぇ」
俺「5年も経ちますしね。顔、覚えてくれてたんですか?」
老婆「はっは、忘れちゃったよ」
俺「なんだ、ははは」
老婆「でもね、やっぱりわかるものなんだよねぇ。雰囲気っていうのかしら」
俺「お婆さんは何でもわかる。神様みたいに」
老婆「ううん。それより、妹さんはあれからどうだい?」
俺「元気にしてます」
老婆「そうかい。それはよかった。一緒に来てるのかい?」
俺「ええ」
カバンをトントンと叩く。
老婆「あなたとは逆に、妹さんはずいぶんと小さくなって」
265: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:19:05.21
ID:1cyQfomb0
俺「はは・・・体中溶けちゃって、しまいには骨もバラバラで。おかげで携帯に便利ですけどね」
老婆「相変わらず不思議な子だよ。天使のようだ」
俺「ど、どこが!」
老婆「あはは」
突然、背後から声。
少女「お兄ちゃん?」
振り返る。
少女「あっ・・・ごめんなさい」
老婆「おかえりなさい。有名人が来たよ」
少女「有名人?」
老婆「うん。お兄さん、私の孫を紹介するよ」
俺「・・・あぁ!」
少女「誰なの?」
老婆「私が助けた兄妹だよ。はは、助けたなんて言ったら大袈裟か」
俺「いえいえ、助かりましたよ」
少女「あ! ニュースの?」
老婆「そう」
少女「えええ」
俺「・・・」
少女「ええ、すごい!」
俺「・・・」
少女「あ、あの、時々ニュースでやってる方ですか!?」
俺「さ、さあ」
277: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:13:08.68
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――――――
和室にて。老婆と少女と。
少女「お婆ちゃんはテレビで写真を見る度に必ず同じ話するんですよ」
俺「そうなんだ」
老婆「あれから娘が離婚してねぇ。私の所で暮らすことになったんだ」
少女「お兄ちゃんはお父さんと一緒に残りました。あ、でも連絡は取ってるので」
老婆「兄妹が離れ離れになる道理なんか何一つありゃしないのに。大人ってのは勝手なもんだよ。私も含めて」
少女「私は昔からお婆ちゃんっ子だから、正直ほっとしてます。実家は近いとは言えないし」
老婆「今では何でもこの子にやらせてしまって。これ以上厄介をかけたくないんだけどねぇ」
少女「ううん、そんなこと無いよ。お婆ちゃんはお母さんよりずっと優しくて、何でもわかってくれて」
俺「あはは、やっぱりそうなんだ。俺も初めて会った時何もかも見透かされてて驚いた」
少女「あ、そうそう! お婆ちゃんが妹さんに貸した服、私のなんですよ!」
俺「・・・」
少女「歳も近いみたいだし、会ってみたいなぁ」
老婆「こら! よしなさいよ」
少女「あ・・・ごめんなさい」
俺「・・・」
老婆「ごめんなさいねぇ、こんな不躾なことを申し上げて」
俺「いえ、それは別に」
少女「あの。妹さんって、どんな子なんですか?」
俺「・・・」
妹「こんな子だけどね」
少女「え?」
老婆「・・・」
俺「妹は、亡くなりました」
少女「あっ・・・ごめんなさい・・・」
278: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:14:38.77
ID:1cyQfomb0
老婆「そうだ! 私チョコレートが食べたいわ。あったかしら」
少女「あ、うん。待ってて」
少女、席を離れる。
老婆「ごめんね、あの子には説明してなかったんだよ」
俺「無理も無いです。それより、俺、見つかるとまずいんですけど・・・大丈夫なんでしょうか」
老婆「心配無いよ。娘は私がぼけちゃったと思ってるし、孫はあなたをヒーローみたいに扱ってる」
俺「はは・・・おかしな話だ。ヒーローはお婆ちゃんのほうであって、俺はただの・・・」
老婆「ただの?」
俺「無力な・・・まるでゴミなのに」
老婆「どうしてそう思うんだい?」
俺「自分の力では生きられないし、表の人間とは関わっていけないし、普通の場では仕事も出来ない」
老婆「はっは、私だってあの子達がいなきゃ何にも出来やしないし、働かないで年金貰ってるんだ」
俺「でもお婆さんは愛されてる。それに、色んな責務を全うしたから、こうして幸せになれたんでしょう」
老婆「それは、あなたにも言えること」
俺「どうしてですか?」
老婆「わかってるはず。あなたを愛してる人がとっても身近にいるってこと」
俺「・・・」
279: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:15:43.75
ID:1cyQfomb0
老婆「あなたはあなたなりに、亡くなった妹さんを色んな所に連れて行ってあげてるじゃないか。仕事だって立派にこなしてる」
俺「でも・・・それはただ、そうするしか無かったというか・・・。そもそも」
老婆「ん?」
俺「俺は、妹を救えたはずなんだ。あの時俺がダラダラ問題を先延ばしにしてなければ、妹は死なずに済んだ・・・」
老婆「・・・」
俺「俺のせいなんです。・・・だから・・・当然なんです。これくらい」
少女が戻ってくる。
少女「あったよー。・・・チョコレート好きですか?」
俺「え? うん、まぁ」
少女「よかったら、どうぞ」
老婆「遠慮しないで」
俺「どうも」
280: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:17:06.65
ID:1cyQfomb0
―――――――――――――
日暮れ前。
少女「へぇー、すごいなぁ」
俺「うーん、大学行くほうがよっぽどすごいと思うけどなぁ」
少女「いやー、はい。お婆ちゃんの話の中にしかいないと思ってた人とこうして会えたのがすごいんですよ」
俺「あぁ、そっか」
少女「ヤクザさんかー・・・本当にいるんだなぁ」
俺「関わらないほうがいいよ。よくはしてもらったけど、中身は血も涙も無い」
少女「うん・・・」
少女の母が現れる。
女「お夕飯、どうします?」
俺「あ、もうそんな時間か。結構です。そろそろ行きます」
女「そう」
少女「帰っちゃうんですか?」
俺「長居するもの悪いし」
少女「そんな、気にしないでください」
老婆「こらこら。お兄さんの都合もあるんだよ」
少女「うー・・・」
立ち上がって。
俺「ありがとうございました」
少女「そうだ、駅まで送ります」
俺「えぇ? まぁ、構わないけど」
少女「じゃあ、行って来るね」
老婆「はいよ。あったかくして行きなさい」
少女「はーい」
俺「お邪魔しました」
282: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:18:30.24
ID:1cyQfomb0
ガチャ。
俺「・・・ふぅ」
少女「・・・」
無言のまま。
俺(話し足りないのか?)
少女「・・・」
妹「兄」
俺「・・・」
少女「は、はい」
俺「いや、何も言ってないよ」
少女「あっ・・・そうですよね。ごめんなさい」
俺「ううん、怒ってない怒ってない」
少女「あはは」
俺「・・・」
少女「あの・・・」
俺「?」
少女「1つだけ、どうしても聞きたかったんですけど、いいですか?」
俺「まぁ」
少女「結構失礼なこと聞いちゃいますよ?」
俺「何だろう」
少女「ニュースで言ってること・・・本当なんですか?」
俺「ん・・・ニュースか。何年も見てないんだよ。どんなこと言ってる?」
少女「いえ、最近はやってないんですけど、だいぶ前の話なんですけど」
俺「いいよ。言ってみて」
少女「死体を運んでたとか・・・」
俺「!」
283: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:19:57.62
ID:1cyQfomb0
少女「聞いてみただけです!」
俺「・・・」
少女「・・・ごめんなさい。別にニュースを信じてる訳じゃないんですよ。嘘ですよね。あはは」
俺「妹に会いたいって言ってたよね」
少女「!!」
俺「あぁ、違う違う。俺殺人鬼じゃないよ。あの世で会わせてやるなんて言わないよ」
少女「・・・」
俺「そのニュース、本当なんだ」
少女「・・・」
俺「妹は母親のせいで餓死しちゃって。テレビではそんなこと言ってなかったと思うけど」
少女「は、はあ・・・」
俺「俺はさ、妹の死体を担いで家出したんだ」
少女「そんな・・・」
俺「見てみる?」
少女「うっ・・・」
俺「このカバンの中に入ってる」
少女「・・・」
俺「・・・怖い?」
少女は黙って頷いた。
俺「・・・ごめんね。そんな訳で、警察に見つかったら死体遺棄罪に問われちゃうんだ」
少女「ほう・・・」
俺「お婆さんが言ってたよ。俺をヒーロー扱いしてるんだって?」
少女「そういう訳じゃ・・・」
俺「幻滅したと思う。ここまで来てくれたのに申し訳ないけど」
少女「いいえ。こっちこそ謝らないと」
285: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:21:19.81
ID:1cyQfomb0
俺「別にいいよ」
少女「そうとは知らず、なんか、はしゃいじゃったり色々聞いちゃったりして・・・最低ですよね」
俺「ううん。楽しかったよ」
少女「あ・・・」
俺「ん?」
少女「それじゃあ、昔お婆ちゃんと会った時・・・その、妹さんは・・・」
俺「・・・死んでたよ」
少女「・・・どうして」
俺「お婆さんは全部理解してくれてた。俺から何も言わなくても。妹のことも生きてるのと同じように扱ってくれた」
少女「・・・」
俺「だから感謝してるんだよ。その時に振舞ってくれたモナカは今も大好きだし」
少女「そっか」
俺「もう、大丈夫だよ。道、わかるから」
少女「・・・」
俺「どうかした・・・?」
少女「・・・何も言わない」
俺「何だって?」
少女「迷惑になるから・・・」
俺「何だよ急に・・・」
少女「わかったんです。私とは住んでる世界が違う人だって。やっぱりお話の中の人なんだって」
俺「ええ・・・?」
少女「質問したりとかチョコあげたりとか、何ていうか全部興味本位だったけど、本当は少しでも力になれたらなぁって」
俺「ありがとう」
少女「でも私じゃ何の役にも立たないし、理解すること自体、きっと半分も出来ないんだろうなぁって」
俺「・・・」
少女「・・・思いました。以上」
俺「・・・」
287: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:23:01.21
ID:1cyQfomb0
妹「うぜー」
少女「?」
俺「はは」
少女「・・・」
妹「この諦め方の感じ、私みたい」
俺「はは・・・。それじゃ、またいつかね」
少女が黙って服を掴んでくる。
俺「おい・・・」
少女「最後に・・・お願いが」
俺「・・・?」
少女「妹さん、見てみたい・・・」
俺「でもさっきは怖いって――」
少女「怖いんです」
俺「うん・・・? あー、怖いもの見たさってやつ?」
少女「違うくて・・・さっきから・・・」
俺「何?」
少女「声がする・・・!」
俺「え・・・」
少女「女の子の声がするの!」
俺「聞こえるのか!?」
少女「聞こえる! まるでそこにいるみたいにはっきり聞こえる! だから怖いの!!」
今にも悲鳴を上げて泣き出しそうな少女。
俺「シー、ちょっと! 落ち着いて!」
少女「お願い! 何なの!?」
俺「大丈夫、大丈夫だから! 怖くないから!」
288: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:26:25.74
ID:1cyQfomb0
少女「怖い・・・!」
俺「怖くないよ」
少女「嫌・・・」
俺「大丈夫。・・・何も言わないで」
少女「・・・」
俺「こっちへ」
人目につかない死角へ。
俺「いい? 開けるよ・・・?」
恐る恐る頷く少女。
俺「かなり・・・酷いぞ」
ゆっくりとカバンを開ける。中には地味な財布と、工場から持ち出した鉄パイプと――。
少女「これが・・・」
一目ではただの墨の入ったペットボトル。それは腐り切って液体となった、妹の死体。
俺「・・・妹だ」
口を押さえ、うずくまる少女。次いで、嘔吐。
俺「あぁ、マジか・・・ごめん」
少女「・・・」
俺「これで完全にわかったろ。俺はヒーローなんかじゃない。ただの異常者なんだよ」
少女「・・・」
俺「もう・・・行ったほうがいいかな」
少女「待って・・・」
俺「待つよ」
少女「妹さん・・・」
俺「うん?」
289: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:27:46.41
ID:1cyQfomb0
少女「話がしたい・・・」
俺「・・・そうか」
妹「・・・」
少女、立ち上がって。
少女「・・・聞こえる?」
妹「・・・」
少女「もう、大丈夫・・・吐いたりしてごめんなさい」
妹「いいよ」
少女「!」
妹「・・・通訳、要るんじゃない?」
俺「ああ」
少女「ねぇ、喋ってるよね」
俺「妹?」
少女「うん。聞こえるんですよね? 妹さん、喋ってるよね?」
妹「まぁ」
俺「ああ」
少女「すごい・・・信じられない」
妹「聞こえてるの?」
少女「聞こえる・・・嘘みたい、まるで生きてる人と話してるみたいに、ちゃんと聞こえる」
妹「本当に?」
少女「本当! 何これ!」
少女の顔が次第に明るくなる。
妹「家族にしか聞こえないんじゃなかったんだ・・・」
少女「わあ・・・。あぁ・・・、ああ、そうだったんだ・・・そうだったんだ!」
俺「?」
少女「なるほど・・・ああ、納得」
297: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 17:45:24.07
ID:1cyQfomb0
俺「どうした?」
少女「妹さんと、こうして話しながら、ずっと持ち歩いてたんですね」
俺「・・・そうだ」
少女「わぁ、すごい・・・すごい!」
俺「・・・」
少女「へぇー・・・。びっくりした・・・」
俺「俺も驚いた」
少女「でも、それなら。異常者だなんてとんでもない」
俺「死体をカバンに入れて出歩くのは異常なことだろ」
少女「関係無いです。だって、生きてるのと変わらないじゃないですか。兄妹が一緒に街を歩くのは、おかしくもなんともないでしょう」
俺「・・・ま、一理ある。ってとこかね」
少女「すごーい・・・うわ、うわうわ、まだ信じられない。え、ちょっともう1回喋って」
妹「はい喋った」
少女「すごーい!!」
俺「変・・・ってこういう感覚だったのか。Kの気持ちがわかっちゃったな」
妹「だね」
298: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 17:46:18.54
ID:1cyQfomb0
バイバイさるさん出てきて半端なとこで切れちまった。
ちょっと休憩。
304: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:27:03.53
ID:1cyQfomb0
―――――――――――――
それから3年。レストランビルの28階。
ミズ「もう、びっくりしたよ。ちゃんとした服装で来い、なんてさ」
俺「店長が顔覚えてくれてるからな。あんまりラフだとこっちが恥ずかしい」
ミズ「あはは。でもここ来た瞬間、ドラマとかでよくある高級レストランかと思って」
俺「見えなくもないな」
ミズ「『え! なんかここ赤いドレスとか着てキラッキラのイヤリングして来なくちゃ駄目だった!?』とか思っちゃった」
俺「まぁそこまではな。逆に場違いだ」
ミズ「あはは。・・・はーあ。正直ちょっと期待してたんだけどな」
俺「悪いな。うちの会社あくまでブラックだし、金持ちみたいにはいかない」
ミズ「そうじゃなくて・・・」
俺「・・・?」
ミズ「そういうんじゃなくて・・・」
俺「・・・あれか」
ミズ「あれって?」
俺「いや、俺の口からは」
ミズ「言ってよ」
俺「はは、でも違ったら馬鹿みたいだし」
ミズ「笑わないから」
俺「・・・」
ミズ「・・・」
俺「プロポーズ」
ミズ「・・・」
俺「・・・」
305: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:28:56.04
ID:1cyQfomb0
ミズ「・・・ふ!」
俺「やっぱ笑った!」
ミズ「あはは! ・・・そうだよー」
俺「え・・・」
ミズ「・・・なーんてね。本当はどうやって答えようか悩んでた」
俺「ああ・・・」
ミズ「だって私にはまだ早いし。一応就職決まったとは言え、まだ学生だし」
俺「・・・」
ミズ「お婆ちゃん死んじゃってから、母親と2人っきりじゃん? 置いていくのもちょっとね」
俺「実は――俺も考えてたんだ」
ミズ「?」
俺「俺の素性なんて薄っぺらで継ぎはぎだらけで、公の場に事実が知れたら何もかも終わる」
ミズ「そんなの――」
俺「小さな問題か?」
ミズ「・・・」
俺「お前の家のことも、今の俺じゃ面倒見きれないし。どうにかしなきゃなって」
ミズ「ふーん」
俺「無一文で表社会と縁切ったあの時から、自分の無力さを痛感してる。このままじゃ存在しない人間として、一生地下世界の住人だ」
ミズ「そっか」
俺「ただ、1つだけ解決出来る方法がある」
ミズ「?」
俺「妹を・・・捨てる」
ミズ「・・・」
俺「確かに俺の経歴はいつの間にか泥と血にまみれて、不本意ながら立派な犯罪者だけど・・・手元の死体さえ無くなれば」
308: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:30:37.78
ID:1cyQfomb0
ミズ「いいの? それで」
俺「お前はどう思う? それが聞きたいんだ」
ミズ「はぁー」
俺「ため息つくなよ」
ミズ「自分の問題は自分で解決する、がモットーじゃなかったの?」
俺「これは2人の問題だ」
ミズ「3人の問題だよ」
俺「妹のことなら、何とか話をつける」
ミズ「・・・」
俺「・・・それで、ちゃんと墓に入れて、本名も明かして、経歴を綺麗にする。時間はかかるけど」
ミズ「・・・出来るの?」
俺「やるよ。今までだって極限の状況を何とか乗り越えて来たんだ」
ミズ「そう・・・」
俺「ああ」
ミズ「・・・嬉しいけど。・・・素直に喜べない」
俺「やっぱり気になるのか」
ミズ「当たり前でしょう? 自分が死んだ家から連れ出して、9年半も一緒にいてくれた兄にいきなり捨てられるなんて・・・普通だったら耐えられない」
俺「・・・そうだな」
ミズ「・・・お墓に入ったら、妹さんどうなるんだろう」
俺「それも考えた。墓の下ってのはどんな所なのか」
ミズ「結論は?」
俺「出ない」
ミズ「だろうね」
俺「ミズのお婆ちゃん以来、2人の死を体験してる。誰も妹みたいには喋ってくれない」
ミズ「・・・」
俺「死ぬってどういう感じなんだろうな。熟睡して夢も見てない時みたいな、何も無い感じなんだろうか」
ミズ「私もそんな風に考えてた。妹さんと話すまでは」
309: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:31:47.24
ID:1cyQfomb0
俺「あいつは時々無口になる。その時何を感じてるのか・・・何を見てるのか」
ミズ「・・・」
俺「最初はヤクザに潰された時だった。しばらく何も答えてくれなくて・・・もう二度と口が利けないんじゃないかって怖くなった」
ミズ「うん・・・」
俺「俺が妹を抱き抱えて泣いてると、急に俺を呼んで。『死んでるから痛くも痒くもない』って言った」
ミズ「・・・出来たらでいいからさ」
俺「何だ?」
ミズ「その話・・・もうしないでくれるかな」
俺「あぁ、ごめん。思い出すとつい」
ミズ「わかってるよ。でも、・・・辛いんだ」
俺「二度としない。約束する」
ミズ「・・・トイレ行って来るね」
俺「・・・うん」
うつむいたまま席を立つミズ。
俺「・・・」
ミズの使ったフォークの先を見つめながら、深いため息をついた。
316: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:22:21.89
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――――
デートを終えて。時刻は深夜1時。社員寮。入り口に汚い字の貼り紙。
俺「年末に大掃除しました。不在だった方、掃除代を給料から引きます。部屋の不要物、溜まったゴミは工場の人で・・・」
背筋が凍るほどの予感。
俺「捨てました・・・!?」
土足のまま部屋へ駆け込む。
俺「妹!」
DVD専用のテレビと布団を残して空っぽになった部屋。
俺「おいおいおいふざけんじゃねーぞ・・・!」
工場人員の部屋に乗り込む。
俺「俺の部屋をやった奴は誰だ!」
後輩「お、お、俺じゃないっす! なんか社長が急に来て――」
俺「誰がやった!!」
胸倉を両手で掴み、強引に引き立たせる。
後輩「ひ! ボ、ボスです! た、確か!」
俺「間違い無いか!?」
後輩「あ、は、は、はい! すぐ終わったけど何か異様なもんがあったって!」
妹――!
俺「クソが!」
後輩の頭を柱に叩きつけ、そのまま工場の事務室へ。
会社の電話に登録された工場長の番号にかける。
俺「・・・くそ、くそ、出ろ。出ろよ!」
緊急用と書かれた携帯の番号にかけ直す。
俺「出ろよな、頼むぞ・・・!」
320: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:24:25.16
ID:1cyQfomb0
工場長「はい、お疲れ様です」
俺「俺の部屋掃除したか!」
工場長「ッチ、あぁ? 誰だよテメェは」
俺「・・・メルだよ。俺の部屋片付けたのお前か!?」
工場長「はっ? 何キレてんのお前。しかも何時だと思ってんの?」
俺「聞いてんだろブッコロスぞ!」
工場長「意味わかんねーな。あ、そういやさ、お前ペットボトルに何入れてたの? マジキモかったんだけど」
俺「・・・!」
工場長「あれ手で持つのためらったぞ」
俺「妹だよ!」
工場長「は?」
俺「どこに捨てた!」
工場長「何言ってんだかわかんねーよお前!」
俺「そのペットボトルをどうしたって聞いてんだよ!!」
工場長「捨てたっつの!」
俺「どこだ!」
工場長「あれが何なんだよ! んなに大事なもんかよ!」
俺「どこに捨てたんだ!!」
工場長「あーもう面倒臭ぇなお前! 工場の裏に投げたよ」
俺「蓋開けてねぇだろうな・・・!」
工場長「開けねーよ。っつーかあれマジで何だったの?」
ガチャ。
事務所の懐中電灯を持ち出し、裏の茂みへ。
雑草が膝上まで伸びている。
俺「妹! いるか!」
322: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:25:07.72
ID:1cyQfomb0
返事は無い。
俺「妹! 妹!!」
横から懐中電灯の光がもう一筋。
俺「!?」
後輩「何してんすか、メルさん・・・」
さきほどの後輩。額から血を流し、右手には鉄パイプ。
俺「探してんだよ!」
後輩「なんか俺に恨みあったんすか・・・?」
俺「お前も探せ!」
後輩「ぶっ飛ばしますよ・・・?」
構わず死体を探し続ける。
ガン。
俺「!」
鉄パイプで後頭部を殴られ、茂みの中に倒れる。
後輩「先輩でもやっていいことと悪いことありますよ」
頭を上げ、這いつくばる。尚も妹を探す。
俺「どこだ・・・出てきてくれ」
後輩「・・・」
血が滴り、目に入る。袖で涙のように拭った。
324: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:27:34.21
ID:1cyQfomb0
俺「お願いだ、応えてくれ・・・」
後輩「メルさん」
俺「妹・・・」
後輩「メルさーん」
俺「・・・」
後輩「先輩何探してんすか?」
俺「うるせー!」
後輩「手伝いますってば!」
俺「!?」
後輩「無くしたらやばいもんなんでしょう?」
俺「・・・そうだ」
後輩「一緒に探します」
俺「・・・ありがとう」
後輩「どんなものを?」
俺「・・・黒い液体が入ったペットボトル。2リットルの」
後輩「そりゃまた一体・・・」
俺「・・・」
326: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:28:34.72
ID:1cyQfomb0
まさかの誤爆orz
327: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:30:24.36
ID:1cyQfomb0
>>326
気のせいだったスマン
338: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 21:09:22.50
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――
翌朝。工場の外壁にもたれて座り込む2人。お互い顔面の血が黒く固まっている。
煙草をくわえ、遠くを見つめながら。
俺「・・・」
後輩「朝っすね」
俺「・・・そうだな」
後輩「あのー、今更なんすけど。昨日はマジすいませんでした・・・」
俺「大丈夫」
後輩「いや、絶対俺のほうが軽傷だし・・・本当」
俺「いいって。見つけてくれたから」
角のへこんだペットボトルを抱えて。
後輩「いや、殴って即行やばいって思ったんすよ・・・やりすぎちまったって」
俺「・・・」
後輩「だからまぁ・・・これ、手伝うっきゃねーなぁなんて」
俺「・・・英断」
後輩「あは。・・・正直、メルさんって俺ん中で本当謎だったんすよね。何か裏があるっていうか」
俺「・・・」
後輩「わかるもんなんすね。やっぱ」
俺「異常者だからな」
後輩「なこと言ってないじゃないっすか。っつーか、本当に異常な奴だったら俺もうこの世にいないし・・・」
俺「どうだかな。普通ってのは1個だけだけど、その枠の無い『異常』ってのは様々だから」
後輩「・・・よくわかんねーっすわ」
俺「お前口軽そうだな」
後輩「え? いや、大丈夫っすよ・・・やだな! 誰にも言いませんって!」
339: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 21:10:42.03
ID:1cyQfomb0
俺「・・・」
後輩「だってそれ、本物の死体っすよね・・・それにあんな真剣なとこ見ちゃったし・・・」
俺「信じよう」
後輩「あざす・・・」
風が吹いた。
後輩「うぅ・・・っつか、寒いっすね。コーヒーでも買って来ます」
後輩、立ち上がる。
俺「いや。もう帰ろう。眠いだろ」
後輩「マジすか・・・。先輩、この話、なんかすげー、為になりました」
俺「はは、単なる事実だ。良くも悪くも、これが俺ってだけだ。暗い過去だとか、壮絶な人生だとか、そういう話だと思わなくていい」
後輩「いやー、メルさんって大人なんすね・・・あ、そういや。なんで『メル』って呼ばれてるんすか?」
俺「メル・ギブソンが好きだから」
後輩「あは、それマジすか?」
頷く。
後輩「へぇー! 今度、メルさんの好きな映画とか一緒に観に行きたいっす」
俺「はは、いいよ。じゃあ今度な」
後輩「はい! お疲れーっす!」
後輩、去って行く。
俺「・・・」
妹「・・・」
340: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 21:11:25.36
ID:1cyQfomb0
ミズとの約束が思い出された。
『妹を捨てる』――。
妹「兄」
俺「・・・何だ」
妹「探しに来てくれてありがとう」
俺「・・・」
不意に涙。嗚咽も押し寄せる。
妹「・・・」
妹の死体を強く抱き抱えながら、しばらくすすり泣いた。
367: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:02:22.59
ID:y8k+Djtp0
――――――――――――――
夏の夜。郊外のバーで。
マスター「ほう。それで現在に至ると」
俺「まぁ、聞いてもつまらない所は省いたけどな」
マスター「はは、一応工夫はしてるんだね。最近お前さんがうちに来るのが楽しみで。はい、XYZ」
俺「『カクテルの最終形態』ね・・・」
マスター「うん。そっから派生して出来たカクテルも実際にはあるんだがね」
俺「マスター。人間の最終形態ってのはどんなもんだと思う?」
マスター「最終形態かぁ。どんな動物も、1つの生物から進化してこういう形になったって言うけどねぇ、これからの人間は退化していく一方だろうし」
俺「それはどうして?」
マスター「機械が便利になりすぎたんだよ。人間、やることやらなきゃ衰える。それを何代にも渡って繰り返すんだから、退化するに決まってるさ」
俺「『やらなきゃ衰える』か・・・。ん、じゃあ、特定の人間が、言葉を話さなくなったら?」
マスター「山の上やなんかで一人暮らししてる年寄りが、誰も訪ねて来ないもんだから言葉を忘れていくってのは聞いたことがあるね」
俺「本当にそんなことがあるんだな」
マスター「ははは、人の間で生きるから『人間』なんだ。人間、そうなっちまったら死んだも同然さ」
俺「なら、喋れるうちは生きてるも同然か?」
マスター「そういうこと。例え相手がお前さん1人でもね」
俺「・・・」
マスター「お前さんは本当に面白い。おとぎ話も信じてみたくなるよ」
俺「そんな風に言った奴はマスターが初めてだ。今までみんなすんなり信じてくれた」
マスター「嘘なのかい?」
俺「マスターはどう思ってる?」
マスター「半信半疑さ、正直。嘘でも構わんがね。面白けりゃあ」
俺「他人との話のネタになんか使うなよ」
マスター「へいへい、耳にタコだよ。うちは客との信頼関係が第一だ」
俺「はは、これも営業の手段か。この10年で信用していい奴とそうでない奴の区別はつくようになったつもりだったんだけど」
マスター「だからお前さんはうちを選んだ」
368: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:03:51.83
ID:y8k+Djtp0
俺「認めよう」
カランカラン。
マスター「いらっしゃい」
顔に大きな傷跡のある若い男。
俺「あ・・・」
K「お前は・・・」
俺「Kか!」
K「クサオ!?」
マスター「お前さん達、知り合いか」
俺「知り合いも何も、運びやってた頃の仲間だ」
K「お、おい余計なこと言うなよ・・・」
俺「あ、すまん」
マスター「はっはっは、こんな巡り合わせもあるもんだな」
K「驚いたな・・・こんな所で会えるなんて」
俺「うん・・・思い出すな、あの頃のこと。色々」
K「かなりな・・・。今、何してるんだ? あ、マスター。いつもの」
マスター「はいはい」
俺「はぐれる直前に就職が決まったんだ。もっとも、ブラックだけど。Kに報告しようと帰ってみたら、野沢が・・・」
K「ああ・・・」
俺「Kは? 死ぬほど心配してたんだぞ」
K「俺は・・・運良くお前んとこに転がり込んだせいで、クライアントの情報リークした疑いがかけられちまって・・・」
K、おもむろに左手を差し出す。小指と薬指が揃えるように切断されている。
俺「うわっ・・・!」
K「無茶苦茶痛かったわ・・・思い出したくもねぇ。これが一番だが他にも散々拷問されて、最後は警察に突き出された」
俺「捕まったのか?」
370: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:05:33.17
ID:y8k+Djtp0
K「ああ。懲役2年半。ま、終わっちまえばあっという間だった」
俺「・・・」
K「目逸らしてどうした?」
俺「いや・・・お前がそんな目に遭ってたと思うとな。それに引き換え俺は幸せなもんだ」
K「野沢に何かされなかったか?」
俺「・・・」
K「・・・手ひどくやられたって顔だな。お前がグルじゃないってことは最後まで貫いたんだが・・・」
俺「いいや。辛かったのは『俺にとって』ってだけだ。Kならこれで済めば万々歳だったろうよ」
K「あ・・・まさかお前」
俺「わかったか?」
K「だってお前、臭くねーもん・・・妹、取り上げられたんだな・・・」
俺「いや。目の前で踏みつけられただけだ。何箇所か砕けたけど、妹は平気だって言ってる。今はこの中だ」
カバンの中のペットボトルをちらつかせる。
K「・・・そうか。・・・ははは」
俺「笑っちまうよな。はは」
K「ははは! あー。はは、なんだかな。笑えるって訳じゃないんだが、笑いたくなるな・・・」
俺「・・・すまなかった」
K「ははは。・・・こんなことになるなら、おとなしく捕まったほうが利口だったぜ」
俺「・・・」
K「まぁでも、これでまた1つ学んだ。もう何回も死んだほうがマシって思ったけどよ、長い目で見りゃ、まだ生きてるし」
俺「・・・」
K「生きてりゃ何度だってやり直せるってわかった。『捕まらない限り』って部分は俺の人生のバイブルから消す」
俺「そういえばまだ聞いてなかったな」
K「あ?」
俺「今何の仕事してるのか」
K「ああ、言ってなかったな。聞きたいか?」
俺「聞きたいね」
371: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:06:26.32
ID:y8k+Djtp0
K「デリヘルの運転手」
俺「・・・」
K「・・・」
俺「またそっちかよ!」
K「またそっち系だよ!」
俺「ははは!」
K「あはは!」
妹「兄・・・」
俺「ん、どうした?」
K「!」
妹「ううん・・・何でもない」
俺「・・・?」
K「・・・」
俺「あ。・・・ああ、今の聞いたか? はは、笑えるな」
K「・・・ふぅ。どこが?」
俺「え、・・・あ、なんだ、聞こえなかったのか」
K「『何でもない』」
俺「!?」
K「・・・そのどこが笑えるんだかな。俺にはさっぱりだ」
俺「本当に聞こえてたのか!」
K「恐ろしいことにな」
妹「!」
372: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:07:35.67
ID:y8k+Djtp0
俺「K・・・それならどうして聞こえないふりなんかしてたんだ」
K「・・・本音が聞きたかったんだよ。妹さんを通して」
妹「私?」
K「クサオ自身がそうだったにしても、追われてる身の奴が増えたら普通迷惑だろ。お前達が少しでも無理してるんなら、俺は黙って出て行くつもりだった」
俺「K・・・」
K「ちょっと気まずいムードにはなったけどよ、それでも歓迎してくれてるみたいで安心したよ。おかげで居心地よかった」
俺「・・・」
K「だから信頼出来たし、頑張れた」
俺「まったく・・・大した役者だな、お前って奴は」
K「悪い悪い。後悔してるよ、騙しちまって」
妹「私を利用したな?」
K「謝るって」
妹「ふふん」
K「・・・最初はよ、クサオのこと危ない奴だと思ってたんだ」
俺「らしいな」
K「ジャンキーだからってのじゃなくてよ、冷蔵庫から死体出した時。マジ、来るんじゃなかったって思ったよ」
俺「あぁ。まぁそうだろうな」
K「だけどお前達は本当にいい兄妹だ。また会いたいって思える奴はそういない」
俺「・・・」
K「何も無いうちに連絡先交換しようぜ」
俺「携帯は持たない主義」
K「・・・へぇ。まぁクサオだしな」
俺「どういう意味だ?」
K「馬鹿だもん」
俺「この野郎」
K「はは」
俺「はは」
373: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:08:49.98
ID:y8k+Djtp0
今日は寝る。明日仕事だけど、何時に帰って来れるかはわからない。すまん。
おやすみ
391: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 02:16:47.04
ID:y8k+Djtp0
嫌なこと思い出しちゃった。眠れん
※続きを読む
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-第2章-
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-第3章-
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-最終章-
⇒
僕は妹に恋をする プレミアム・エディション
243: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 07:55:48.08
ID:1cyQfomb0
―――――――――――――――
2ヵ月後、焼肉屋で。
工場長「ビール10本追加で!」
店員「はいかしこまりました」
A「俺もう食えねーっす!」
B「ここ超美味いよな」
俺「・・・」
工場長「メル、ビールは?」
俺「大丈夫。もう帰るよ」
工場長「まだ全然飲んでないじゃん。早速給料で風俗でも行くのか?」
俺「はは」
工場長「そういやメルって普段何してんの?」
A「ああ、そうっすよ。そういえばメルさんの私生活って俺ん中でかなり謎なんすよ」
B「あーわかる。ゲーセンとか行かないし」
俺「妹と話してるか、テレビ見てる」
工場長「あら! ついに携帯買ったのか!」
俺「いや・・・」
工場長「買えよ!」
俺「まぁ、そのうちな」
工場長「正月は実家帰るのか?」
俺「いや。帰らない」
工場長「ははは、たまには親に顔見せてやれよ。喜ぶぞ」
俺「かもな」
工場長「ほら、荷物・・・重いな。何入ってるんだ?」
俺「・・・色々。サンクス」
※最初から読む
⇒俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」
244: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 07:57:16.43
ID:1cyQfomb0
工場長「気をつけて帰れよ」
A「お疲れっす」
B「お疲れ様でーす」
俺「お疲れ」
B「あ、そうだ、ちょっと待ってください」
俺「?」
B「お土産です!」
カバンから小分けのモナカを1つ。
俺「ああ、サンキュー」
B「いやー俺もモナカ好きなんすよ! 今日コンビニで煙草買おうとしたら目についたんで、あげようと思って」
俺「・・・」
B「じゃあ、お疲れ様です!」
俺「・・・うん。お疲れ」
店員「ありがとうございました」
チリン。
妹「兄?」
俺「何だ」
妹「何考えてるの?」
俺「いや、好きな奴いるんだなーって」
妹「あぁ。そんなに美味しくないんだっけ?」
俺「美味いけど、みんながみんな好きってほど美味くはないって言ったんだ」
妹「あー」
俺「俺は多分、初めて食った時腹減ってたからだと思う」
妹「そっか・・・」
俺「何考えてるんだ?」
妹「初めてって、家出したばっかりの時だよね?」
245: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 07:58:34.90
ID:1cyQfomb0
俺「覚えてるのか」
妹「うん。知らないお婆さんがくれたんだ」
俺「・・・」
妹「違うっけ?」
俺「あってるよ。余裕出来てきたからな・・・ちょっと会いに行ってみようかなって、ふと思った」
妹「えー? 場所わかるの?」
俺「実家からそう遠くないイメージがある。でも何せ知らない所だったし」
妹「うん・・・」
俺「・・・連休、暇だしな」
妹「行っちゃう?」
俺「探してみるか」
妹「うん」
262: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:15:11.05
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――
俺「・・・」
妹「・・・」
電車で1時間、探索に30分。ここは見覚えのある一軒家。
俺「記憶力は子供のほうがあるっていうしな」
妹「まだ13歳だったしね。さすが私」
俺「そういえば、死んだら歳取らないよな?」
妹「多分」
俺「ってことは、妹は今も13歳レベルの記憶力なのかな」
妹「さあ。でも兄もまだ21じゃん」
俺「今はな。これから10年20年って経ったらどうなるんだろう」
妹「どうだろうね」
俺「・・・」
妹「とりあえずピンポン押してみれば?」
俺「でも・・・いいのかな。俺達のことなんか覚えてるかな」
妹「駄目なら駄目でいいじゃん。ごめんなさいって言えば」
俺「そうか」
思い切ってインターホンを押す。
ピン、ポン。
俺「・・・」
女「はい」
声は若い。
俺「あ・・・」
女「どちら様ですか?」
俺「・・・ここに住んでたお婆さんを訪ねて来た者なんですが」
女「あ、ちょっとお待ちください」
263: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:16:42.88
ID:1cyQfomb0
妹「もう違う人が住んでるのかな・・・」
俺「わからん」
ガチャ。
中年の女がドアを開け、その脇から杖をついた老婆が出てくる。
俺「・・・!」
老婆「あなたは・・・」
俺「お、俺です! わかりますか? 5年前の」
老婆「あの子達なの?」
俺「貸してくれた服、返しに来ました。何だかんだで借りっぱなしだったので・・・」
老婆「まあ」
震えながら近づいてくる老婆。
敷地に入ることを躊躇していると、中年の女が老婆を抜いてこちらへ。
女「どうも、わざわざ」
カバンから服を出し、手渡す。妹の姿がちらついた。
俺「すいません。あちらのお婆さんにすっかりお世話になってしまって」
女「いいえ」
俺「あの・・・少し話をして行ってもいいでしょうか」
女「ん・・・」
俺「・・・?」
女「その・・・ね。ちょっと聞きたいんですけど・・・あ、でも違ったらごめんなさいね?」
俺「はい」
女「母が、ニュースやなんかでやってる行方不明の子供を見て『知ってる』って言うことがあるんですけど」
俺「・・・」
264: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:17:57.25
ID:1cyQfomb0
女「あはは、違いますよね。ごめんなさいね、あはは」
老婆「今日も上がって行くかい?」
俺「よろしければ」
老婆「ぜひそうしておくれよ」
俺「ありがとうございます」
女「あ! ちょ、ちょっと待ってて、玄関片付けないと」
老婆「ああ、手伝うよ」
女「いいって、母さんは」
俺「・・・」
女、足早に入っていく。
老婆「ごめんね、立たせちゃって」
俺「いえ、全然」
老婆「私は足が悪くなっちゃった。あなたすっかり大人になったねぇ」
俺「5年も経ちますしね。顔、覚えてくれてたんですか?」
老婆「はっは、忘れちゃったよ」
俺「なんだ、ははは」
老婆「でもね、やっぱりわかるものなんだよねぇ。雰囲気っていうのかしら」
俺「お婆さんは何でもわかる。神様みたいに」
老婆「ううん。それより、妹さんはあれからどうだい?」
俺「元気にしてます」
老婆「そうかい。それはよかった。一緒に来てるのかい?」
俺「ええ」
カバンをトントンと叩く。
老婆「あなたとは逆に、妹さんはずいぶんと小さくなって」
265: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 13:19:05.21
ID:1cyQfomb0
俺「はは・・・体中溶けちゃって、しまいには骨もバラバラで。おかげで携帯に便利ですけどね」
老婆「相変わらず不思議な子だよ。天使のようだ」
俺「ど、どこが!」
老婆「あはは」
突然、背後から声。
少女「お兄ちゃん?」
振り返る。
少女「あっ・・・ごめんなさい」
老婆「おかえりなさい。有名人が来たよ」
少女「有名人?」
老婆「うん。お兄さん、私の孫を紹介するよ」
俺「・・・あぁ!」
少女「誰なの?」
老婆「私が助けた兄妹だよ。はは、助けたなんて言ったら大袈裟か」
俺「いえいえ、助かりましたよ」
少女「あ! ニュースの?」
老婆「そう」
少女「えええ」
俺「・・・」
少女「ええ、すごい!」
俺「・・・」
少女「あ、あの、時々ニュースでやってる方ですか!?」
俺「さ、さあ」
277: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:13:08.68
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――――――
和室にて。老婆と少女と。
少女「お婆ちゃんはテレビで写真を見る度に必ず同じ話するんですよ」
俺「そうなんだ」
老婆「あれから娘が離婚してねぇ。私の所で暮らすことになったんだ」
少女「お兄ちゃんはお父さんと一緒に残りました。あ、でも連絡は取ってるので」
老婆「兄妹が離れ離れになる道理なんか何一つありゃしないのに。大人ってのは勝手なもんだよ。私も含めて」
少女「私は昔からお婆ちゃんっ子だから、正直ほっとしてます。実家は近いとは言えないし」
老婆「今では何でもこの子にやらせてしまって。これ以上厄介をかけたくないんだけどねぇ」
少女「ううん、そんなこと無いよ。お婆ちゃんはお母さんよりずっと優しくて、何でもわかってくれて」
俺「あはは、やっぱりそうなんだ。俺も初めて会った時何もかも見透かされてて驚いた」
少女「あ、そうそう! お婆ちゃんが妹さんに貸した服、私のなんですよ!」
俺「・・・」
少女「歳も近いみたいだし、会ってみたいなぁ」
老婆「こら! よしなさいよ」
少女「あ・・・ごめんなさい」
俺「・・・」
老婆「ごめんなさいねぇ、こんな不躾なことを申し上げて」
俺「いえ、それは別に」
少女「あの。妹さんって、どんな子なんですか?」
俺「・・・」
妹「こんな子だけどね」
少女「え?」
老婆「・・・」
俺「妹は、亡くなりました」
少女「あっ・・・ごめんなさい・・・」
278: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:14:38.77
ID:1cyQfomb0
老婆「そうだ! 私チョコレートが食べたいわ。あったかしら」
少女「あ、うん。待ってて」
少女、席を離れる。
老婆「ごめんね、あの子には説明してなかったんだよ」
俺「無理も無いです。それより、俺、見つかるとまずいんですけど・・・大丈夫なんでしょうか」
老婆「心配無いよ。娘は私がぼけちゃったと思ってるし、孫はあなたをヒーローみたいに扱ってる」
俺「はは・・・おかしな話だ。ヒーローはお婆ちゃんのほうであって、俺はただの・・・」
老婆「ただの?」
俺「無力な・・・まるでゴミなのに」
老婆「どうしてそう思うんだい?」
俺「自分の力では生きられないし、表の人間とは関わっていけないし、普通の場では仕事も出来ない」
老婆「はっは、私だってあの子達がいなきゃ何にも出来やしないし、働かないで年金貰ってるんだ」
俺「でもお婆さんは愛されてる。それに、色んな責務を全うしたから、こうして幸せになれたんでしょう」
老婆「それは、あなたにも言えること」
俺「どうしてですか?」
老婆「わかってるはず。あなたを愛してる人がとっても身近にいるってこと」
俺「・・・」
279: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:15:43.75
ID:1cyQfomb0
老婆「あなたはあなたなりに、亡くなった妹さんを色んな所に連れて行ってあげてるじゃないか。仕事だって立派にこなしてる」
俺「でも・・・それはただ、そうするしか無かったというか・・・。そもそも」
老婆「ん?」
俺「俺は、妹を救えたはずなんだ。あの時俺がダラダラ問題を先延ばしにしてなければ、妹は死なずに済んだ・・・」
老婆「・・・」
俺「俺のせいなんです。・・・だから・・・当然なんです。これくらい」
少女が戻ってくる。
少女「あったよー。・・・チョコレート好きですか?」
俺「え? うん、まぁ」
少女「よかったら、どうぞ」
老婆「遠慮しないで」
俺「どうも」
280: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:17:06.65
ID:1cyQfomb0
―――――――――――――
日暮れ前。
少女「へぇー、すごいなぁ」
俺「うーん、大学行くほうがよっぽどすごいと思うけどなぁ」
少女「いやー、はい。お婆ちゃんの話の中にしかいないと思ってた人とこうして会えたのがすごいんですよ」
俺「あぁ、そっか」
少女「ヤクザさんかー・・・本当にいるんだなぁ」
俺「関わらないほうがいいよ。よくはしてもらったけど、中身は血も涙も無い」
少女「うん・・・」
少女の母が現れる。
女「お夕飯、どうします?」
俺「あ、もうそんな時間か。結構です。そろそろ行きます」
女「そう」
少女「帰っちゃうんですか?」
俺「長居するもの悪いし」
少女「そんな、気にしないでください」
老婆「こらこら。お兄さんの都合もあるんだよ」
少女「うー・・・」
立ち上がって。
俺「ありがとうございました」
少女「そうだ、駅まで送ります」
俺「えぇ? まぁ、構わないけど」
少女「じゃあ、行って来るね」
老婆「はいよ。あったかくして行きなさい」
少女「はーい」
俺「お邪魔しました」
282: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:18:30.24
ID:1cyQfomb0
ガチャ。
俺「・・・ふぅ」
少女「・・・」
無言のまま。
俺(話し足りないのか?)
少女「・・・」
妹「兄」
俺「・・・」
少女「は、はい」
俺「いや、何も言ってないよ」
少女「あっ・・・そうですよね。ごめんなさい」
俺「ううん、怒ってない怒ってない」
少女「あはは」
俺「・・・」
少女「あの・・・」
俺「?」
少女「1つだけ、どうしても聞きたかったんですけど、いいですか?」
俺「まぁ」
少女「結構失礼なこと聞いちゃいますよ?」
俺「何だろう」
少女「ニュースで言ってること・・・本当なんですか?」
俺「ん・・・ニュースか。何年も見てないんだよ。どんなこと言ってる?」
少女「いえ、最近はやってないんですけど、だいぶ前の話なんですけど」
俺「いいよ。言ってみて」
少女「死体を運んでたとか・・・」
俺「!」
283: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:19:57.62
ID:1cyQfomb0
少女「聞いてみただけです!」
俺「・・・」
少女「・・・ごめんなさい。別にニュースを信じてる訳じゃないんですよ。嘘ですよね。あはは」
俺「妹に会いたいって言ってたよね」
少女「!!」
俺「あぁ、違う違う。俺殺人鬼じゃないよ。あの世で会わせてやるなんて言わないよ」
少女「・・・」
俺「そのニュース、本当なんだ」
少女「・・・」
俺「妹は母親のせいで餓死しちゃって。テレビではそんなこと言ってなかったと思うけど」
少女「は、はあ・・・」
俺「俺はさ、妹の死体を担いで家出したんだ」
少女「そんな・・・」
俺「見てみる?」
少女「うっ・・・」
俺「このカバンの中に入ってる」
少女「・・・」
俺「・・・怖い?」
少女は黙って頷いた。
俺「・・・ごめんね。そんな訳で、警察に見つかったら死体遺棄罪に問われちゃうんだ」
少女「ほう・・・」
俺「お婆さんが言ってたよ。俺をヒーロー扱いしてるんだって?」
少女「そういう訳じゃ・・・」
俺「幻滅したと思う。ここまで来てくれたのに申し訳ないけど」
少女「いいえ。こっちこそ謝らないと」
285: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:21:19.81
ID:1cyQfomb0
俺「別にいいよ」
少女「そうとは知らず、なんか、はしゃいじゃったり色々聞いちゃったりして・・・最低ですよね」
俺「ううん。楽しかったよ」
少女「あ・・・」
俺「ん?」
少女「それじゃあ、昔お婆ちゃんと会った時・・・その、妹さんは・・・」
俺「・・・死んでたよ」
少女「・・・どうして」
俺「お婆さんは全部理解してくれてた。俺から何も言わなくても。妹のことも生きてるのと同じように扱ってくれた」
少女「・・・」
俺「だから感謝してるんだよ。その時に振舞ってくれたモナカは今も大好きだし」
少女「そっか」
俺「もう、大丈夫だよ。道、わかるから」
少女「・・・」
俺「どうかした・・・?」
少女「・・・何も言わない」
俺「何だって?」
少女「迷惑になるから・・・」
俺「何だよ急に・・・」
少女「わかったんです。私とは住んでる世界が違う人だって。やっぱりお話の中の人なんだって」
俺「ええ・・・?」
少女「質問したりとかチョコあげたりとか、何ていうか全部興味本位だったけど、本当は少しでも力になれたらなぁって」
俺「ありがとう」
少女「でも私じゃ何の役にも立たないし、理解すること自体、きっと半分も出来ないんだろうなぁって」
俺「・・・」
少女「・・・思いました。以上」
俺「・・・」
287: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:23:01.21
ID:1cyQfomb0
妹「うぜー」
少女「?」
俺「はは」
少女「・・・」
妹「この諦め方の感じ、私みたい」
俺「はは・・・。それじゃ、またいつかね」
少女が黙って服を掴んでくる。
俺「おい・・・」
少女「最後に・・・お願いが」
俺「・・・?」
少女「妹さん、見てみたい・・・」
俺「でもさっきは怖いって――」
少女「怖いんです」
俺「うん・・・? あー、怖いもの見たさってやつ?」
少女「違うくて・・・さっきから・・・」
俺「何?」
少女「声がする・・・!」
俺「え・・・」
少女「女の子の声がするの!」
俺「聞こえるのか!?」
少女「聞こえる! まるでそこにいるみたいにはっきり聞こえる! だから怖いの!!」
今にも悲鳴を上げて泣き出しそうな少女。
俺「シー、ちょっと! 落ち着いて!」
少女「お願い! 何なの!?」
俺「大丈夫、大丈夫だから! 怖くないから!」
288: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:26:25.74
ID:1cyQfomb0
少女「怖い・・・!」
俺「怖くないよ」
少女「嫌・・・」
俺「大丈夫。・・・何も言わないで」
少女「・・・」
俺「こっちへ」
人目につかない死角へ。
俺「いい? 開けるよ・・・?」
恐る恐る頷く少女。
俺「かなり・・・酷いぞ」
ゆっくりとカバンを開ける。中には地味な財布と、工場から持ち出した鉄パイプと――。
少女「これが・・・」
一目ではただの墨の入ったペットボトル。それは腐り切って液体となった、妹の死体。
俺「・・・妹だ」
口を押さえ、うずくまる少女。次いで、嘔吐。
俺「あぁ、マジか・・・ごめん」
少女「・・・」
俺「これで完全にわかったろ。俺はヒーローなんかじゃない。ただの異常者なんだよ」
少女「・・・」
俺「もう・・・行ったほうがいいかな」
少女「待って・・・」
俺「待つよ」
少女「妹さん・・・」
俺「うん?」
289: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 16:27:46.41
ID:1cyQfomb0
少女「話がしたい・・・」
俺「・・・そうか」
妹「・・・」
少女、立ち上がって。
少女「・・・聞こえる?」
妹「・・・」
少女「もう、大丈夫・・・吐いたりしてごめんなさい」
妹「いいよ」
少女「!」
妹「・・・通訳、要るんじゃない?」
俺「ああ」
少女「ねぇ、喋ってるよね」
俺「妹?」
少女「うん。聞こえるんですよね? 妹さん、喋ってるよね?」
妹「まぁ」
俺「ああ」
少女「すごい・・・信じられない」
妹「聞こえてるの?」
少女「聞こえる・・・嘘みたい、まるで生きてる人と話してるみたいに、ちゃんと聞こえる」
妹「本当に?」
少女「本当! 何これ!」
少女の顔が次第に明るくなる。
妹「家族にしか聞こえないんじゃなかったんだ・・・」
少女「わあ・・・。あぁ・・・、ああ、そうだったんだ・・・そうだったんだ!」
俺「?」
少女「なるほど・・・ああ、納得」
297: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 17:45:24.07
ID:1cyQfomb0
俺「どうした?」
少女「妹さんと、こうして話しながら、ずっと持ち歩いてたんですね」
俺「・・・そうだ」
少女「わぁ、すごい・・・すごい!」
俺「・・・」
少女「へぇー・・・。びっくりした・・・」
俺「俺も驚いた」
少女「でも、それなら。異常者だなんてとんでもない」
俺「死体をカバンに入れて出歩くのは異常なことだろ」
少女「関係無いです。だって、生きてるのと変わらないじゃないですか。兄妹が一緒に街を歩くのは、おかしくもなんともないでしょう」
俺「・・・ま、一理ある。ってとこかね」
少女「すごーい・・・うわ、うわうわ、まだ信じられない。え、ちょっともう1回喋って」
妹「はい喋った」
少女「すごーい!!」
俺「変・・・ってこういう感覚だったのか。Kの気持ちがわかっちゃったな」
妹「だね」
298: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 17:46:18.54
ID:1cyQfomb0
バイバイさるさん出てきて半端なとこで切れちまった。
ちょっと休憩。
304: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:27:03.53
ID:1cyQfomb0
―――――――――――――
それから3年。レストランビルの28階。
ミズ「もう、びっくりしたよ。ちゃんとした服装で来い、なんてさ」
俺「店長が顔覚えてくれてるからな。あんまりラフだとこっちが恥ずかしい」
ミズ「あはは。でもここ来た瞬間、ドラマとかでよくある高級レストランかと思って」
俺「見えなくもないな」
ミズ「『え! なんかここ赤いドレスとか着てキラッキラのイヤリングして来なくちゃ駄目だった!?』とか思っちゃった」
俺「まぁそこまではな。逆に場違いだ」
ミズ「あはは。・・・はーあ。正直ちょっと期待してたんだけどな」
俺「悪いな。うちの会社あくまでブラックだし、金持ちみたいにはいかない」
ミズ「そうじゃなくて・・・」
俺「・・・?」
ミズ「そういうんじゃなくて・・・」
俺「・・・あれか」
ミズ「あれって?」
俺「いや、俺の口からは」
ミズ「言ってよ」
俺「はは、でも違ったら馬鹿みたいだし」
ミズ「笑わないから」
俺「・・・」
ミズ「・・・」
俺「プロポーズ」
ミズ「・・・」
俺「・・・」
305: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:28:56.04
ID:1cyQfomb0
ミズ「・・・ふ!」
俺「やっぱ笑った!」
ミズ「あはは! ・・・そうだよー」
俺「え・・・」
ミズ「・・・なーんてね。本当はどうやって答えようか悩んでた」
俺「ああ・・・」
ミズ「だって私にはまだ早いし。一応就職決まったとは言え、まだ学生だし」
俺「・・・」
ミズ「お婆ちゃん死んじゃってから、母親と2人っきりじゃん? 置いていくのもちょっとね」
俺「実は――俺も考えてたんだ」
ミズ「?」
俺「俺の素性なんて薄っぺらで継ぎはぎだらけで、公の場に事実が知れたら何もかも終わる」
ミズ「そんなの――」
俺「小さな問題か?」
ミズ「・・・」
俺「お前の家のことも、今の俺じゃ面倒見きれないし。どうにかしなきゃなって」
ミズ「ふーん」
俺「無一文で表社会と縁切ったあの時から、自分の無力さを痛感してる。このままじゃ存在しない人間として、一生地下世界の住人だ」
ミズ「そっか」
俺「ただ、1つだけ解決出来る方法がある」
ミズ「?」
俺「妹を・・・捨てる」
ミズ「・・・」
俺「確かに俺の経歴はいつの間にか泥と血にまみれて、不本意ながら立派な犯罪者だけど・・・手元の死体さえ無くなれば」
308: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:30:37.78
ID:1cyQfomb0
ミズ「いいの? それで」
俺「お前はどう思う? それが聞きたいんだ」
ミズ「はぁー」
俺「ため息つくなよ」
ミズ「自分の問題は自分で解決する、がモットーじゃなかったの?」
俺「これは2人の問題だ」
ミズ「3人の問題だよ」
俺「妹のことなら、何とか話をつける」
ミズ「・・・」
俺「・・・それで、ちゃんと墓に入れて、本名も明かして、経歴を綺麗にする。時間はかかるけど」
ミズ「・・・出来るの?」
俺「やるよ。今までだって極限の状況を何とか乗り越えて来たんだ」
ミズ「そう・・・」
俺「ああ」
ミズ「・・・嬉しいけど。・・・素直に喜べない」
俺「やっぱり気になるのか」
ミズ「当たり前でしょう? 自分が死んだ家から連れ出して、9年半も一緒にいてくれた兄にいきなり捨てられるなんて・・・普通だったら耐えられない」
俺「・・・そうだな」
ミズ「・・・お墓に入ったら、妹さんどうなるんだろう」
俺「それも考えた。墓の下ってのはどんな所なのか」
ミズ「結論は?」
俺「出ない」
ミズ「だろうね」
俺「ミズのお婆ちゃん以来、2人の死を体験してる。誰も妹みたいには喋ってくれない」
ミズ「・・・」
俺「死ぬってどういう感じなんだろうな。熟睡して夢も見てない時みたいな、何も無い感じなんだろうか」
ミズ「私もそんな風に考えてた。妹さんと話すまでは」
309: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 19:31:47.24
ID:1cyQfomb0
俺「あいつは時々無口になる。その時何を感じてるのか・・・何を見てるのか」
ミズ「・・・」
俺「最初はヤクザに潰された時だった。しばらく何も答えてくれなくて・・・もう二度と口が利けないんじゃないかって怖くなった」
ミズ「うん・・・」
俺「俺が妹を抱き抱えて泣いてると、急に俺を呼んで。『死んでるから痛くも痒くもない』って言った」
ミズ「・・・出来たらでいいからさ」
俺「何だ?」
ミズ「その話・・・もうしないでくれるかな」
俺「あぁ、ごめん。思い出すとつい」
ミズ「わかってるよ。でも、・・・辛いんだ」
俺「二度としない。約束する」
ミズ「・・・トイレ行って来るね」
俺「・・・うん」
うつむいたまま席を立つミズ。
俺「・・・」
ミズの使ったフォークの先を見つめながら、深いため息をついた。
316: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:22:21.89
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――――
デートを終えて。時刻は深夜1時。社員寮。入り口に汚い字の貼り紙。
俺「年末に大掃除しました。不在だった方、掃除代を給料から引きます。部屋の不要物、溜まったゴミは工場の人で・・・」
背筋が凍るほどの予感。
俺「捨てました・・・!?」
土足のまま部屋へ駆け込む。
俺「妹!」
DVD専用のテレビと布団を残して空っぽになった部屋。
俺「おいおいおいふざけんじゃねーぞ・・・!」
工場人員の部屋に乗り込む。
俺「俺の部屋をやった奴は誰だ!」
後輩「お、お、俺じゃないっす! なんか社長が急に来て――」
俺「誰がやった!!」
胸倉を両手で掴み、強引に引き立たせる。
後輩「ひ! ボ、ボスです! た、確か!」
俺「間違い無いか!?」
後輩「あ、は、は、はい! すぐ終わったけど何か異様なもんがあったって!」
妹――!
俺「クソが!」
後輩の頭を柱に叩きつけ、そのまま工場の事務室へ。
会社の電話に登録された工場長の番号にかける。
俺「・・・くそ、くそ、出ろ。出ろよ!」
緊急用と書かれた携帯の番号にかけ直す。
俺「出ろよな、頼むぞ・・・!」
320: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:24:25.16
ID:1cyQfomb0
工場長「はい、お疲れ様です」
俺「俺の部屋掃除したか!」
工場長「ッチ、あぁ? 誰だよテメェは」
俺「・・・メルだよ。俺の部屋片付けたのお前か!?」
工場長「はっ? 何キレてんのお前。しかも何時だと思ってんの?」
俺「聞いてんだろブッコロスぞ!」
工場長「意味わかんねーな。あ、そういやさ、お前ペットボトルに何入れてたの? マジキモかったんだけど」
俺「・・・!」
工場長「あれ手で持つのためらったぞ」
俺「妹だよ!」
工場長「は?」
俺「どこに捨てた!」
工場長「何言ってんだかわかんねーよお前!」
俺「そのペットボトルをどうしたって聞いてんだよ!!」
工場長「捨てたっつの!」
俺「どこだ!」
工場長「あれが何なんだよ! んなに大事なもんかよ!」
俺「どこに捨てたんだ!!」
工場長「あーもう面倒臭ぇなお前! 工場の裏に投げたよ」
俺「蓋開けてねぇだろうな・・・!」
工場長「開けねーよ。っつーかあれマジで何だったの?」
ガチャ。
事務所の懐中電灯を持ち出し、裏の茂みへ。
雑草が膝上まで伸びている。
俺「妹! いるか!」
322: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:25:07.72
ID:1cyQfomb0
返事は無い。
俺「妹! 妹!!」
横から懐中電灯の光がもう一筋。
俺「!?」
後輩「何してんすか、メルさん・・・」
さきほどの後輩。額から血を流し、右手には鉄パイプ。
俺「探してんだよ!」
後輩「なんか俺に恨みあったんすか・・・?」
俺「お前も探せ!」
後輩「ぶっ飛ばしますよ・・・?」
構わず死体を探し続ける。
ガン。
俺「!」
鉄パイプで後頭部を殴られ、茂みの中に倒れる。
後輩「先輩でもやっていいことと悪いことありますよ」
頭を上げ、這いつくばる。尚も妹を探す。
俺「どこだ・・・出てきてくれ」
後輩「・・・」
血が滴り、目に入る。袖で涙のように拭った。
324: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:27:34.21
ID:1cyQfomb0
俺「お願いだ、応えてくれ・・・」
後輩「メルさん」
俺「妹・・・」
後輩「メルさーん」
俺「・・・」
後輩「先輩何探してんすか?」
俺「うるせー!」
後輩「手伝いますってば!」
俺「!?」
後輩「無くしたらやばいもんなんでしょう?」
俺「・・・そうだ」
後輩「一緒に探します」
俺「・・・ありがとう」
後輩「どんなものを?」
俺「・・・黒い液体が入ったペットボトル。2リットルの」
後輩「そりゃまた一体・・・」
俺「・・・」
326: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:28:34.72
ID:1cyQfomb0
まさかの誤爆orz
327: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 20:30:24.36
ID:1cyQfomb0
>>326
気のせいだったスマン
338: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 21:09:22.50
ID:1cyQfomb0
――――――――――――――――
翌朝。工場の外壁にもたれて座り込む2人。お互い顔面の血が黒く固まっている。
煙草をくわえ、遠くを見つめながら。
俺「・・・」
後輩「朝っすね」
俺「・・・そうだな」
後輩「あのー、今更なんすけど。昨日はマジすいませんでした・・・」
俺「大丈夫」
後輩「いや、絶対俺のほうが軽傷だし・・・本当」
俺「いいって。見つけてくれたから」
角のへこんだペットボトルを抱えて。
後輩「いや、殴って即行やばいって思ったんすよ・・・やりすぎちまったって」
俺「・・・」
後輩「だからまぁ・・・これ、手伝うっきゃねーなぁなんて」
俺「・・・英断」
後輩「あは。・・・正直、メルさんって俺ん中で本当謎だったんすよね。何か裏があるっていうか」
俺「・・・」
後輩「わかるもんなんすね。やっぱ」
俺「異常者だからな」
後輩「なこと言ってないじゃないっすか。っつーか、本当に異常な奴だったら俺もうこの世にいないし・・・」
俺「どうだかな。普通ってのは1個だけだけど、その枠の無い『異常』ってのは様々だから」
後輩「・・・よくわかんねーっすわ」
俺「お前口軽そうだな」
後輩「え? いや、大丈夫っすよ・・・やだな! 誰にも言いませんって!」
339: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 21:10:42.03
ID:1cyQfomb0
俺「・・・」
後輩「だってそれ、本物の死体っすよね・・・それにあんな真剣なとこ見ちゃったし・・・」
俺「信じよう」
後輩「あざす・・・」
風が吹いた。
後輩「うぅ・・・っつか、寒いっすね。コーヒーでも買って来ます」
後輩、立ち上がる。
俺「いや。もう帰ろう。眠いだろ」
後輩「マジすか・・・。先輩、この話、なんかすげー、為になりました」
俺「はは、単なる事実だ。良くも悪くも、これが俺ってだけだ。暗い過去だとか、壮絶な人生だとか、そういう話だと思わなくていい」
後輩「いやー、メルさんって大人なんすね・・・あ、そういや。なんで『メル』って呼ばれてるんすか?」
俺「メル・ギブソンが好きだから」
後輩「あは、それマジすか?」
頷く。
後輩「へぇー! 今度、メルさんの好きな映画とか一緒に観に行きたいっす」
俺「はは、いいよ。じゃあ今度な」
後輩「はい! お疲れーっす!」
後輩、去って行く。
俺「・・・」
妹「・・・」
340: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/29(土) 21:11:25.36
ID:1cyQfomb0
ミズとの約束が思い出された。
『妹を捨てる』――。
妹「兄」
俺「・・・何だ」
妹「探しに来てくれてありがとう」
俺「・・・」
不意に涙。嗚咽も押し寄せる。
妹「・・・」
妹の死体を強く抱き抱えながら、しばらくすすり泣いた。
367: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:02:22.59
ID:y8k+Djtp0
――――――――――――――
夏の夜。郊外のバーで。
マスター「ほう。それで現在に至ると」
俺「まぁ、聞いてもつまらない所は省いたけどな」
マスター「はは、一応工夫はしてるんだね。最近お前さんがうちに来るのが楽しみで。はい、XYZ」
俺「『カクテルの最終形態』ね・・・」
マスター「うん。そっから派生して出来たカクテルも実際にはあるんだがね」
俺「マスター。人間の最終形態ってのはどんなもんだと思う?」
マスター「最終形態かぁ。どんな動物も、1つの生物から進化してこういう形になったって言うけどねぇ、これからの人間は退化していく一方だろうし」
俺「それはどうして?」
マスター「機械が便利になりすぎたんだよ。人間、やることやらなきゃ衰える。それを何代にも渡って繰り返すんだから、退化するに決まってるさ」
俺「『やらなきゃ衰える』か・・・。ん、じゃあ、特定の人間が、言葉を話さなくなったら?」
マスター「山の上やなんかで一人暮らししてる年寄りが、誰も訪ねて来ないもんだから言葉を忘れていくってのは聞いたことがあるね」
俺「本当にそんなことがあるんだな」
マスター「ははは、人の間で生きるから『人間』なんだ。人間、そうなっちまったら死んだも同然さ」
俺「なら、喋れるうちは生きてるも同然か?」
マスター「そういうこと。例え相手がお前さん1人でもね」
俺「・・・」
マスター「お前さんは本当に面白い。おとぎ話も信じてみたくなるよ」
俺「そんな風に言った奴はマスターが初めてだ。今までみんなすんなり信じてくれた」
マスター「嘘なのかい?」
俺「マスターはどう思ってる?」
マスター「半信半疑さ、正直。嘘でも構わんがね。面白けりゃあ」
俺「他人との話のネタになんか使うなよ」
マスター「へいへい、耳にタコだよ。うちは客との信頼関係が第一だ」
俺「はは、これも営業の手段か。この10年で信用していい奴とそうでない奴の区別はつくようになったつもりだったんだけど」
マスター「だからお前さんはうちを選んだ」
368: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:03:51.83
ID:y8k+Djtp0
俺「認めよう」
カランカラン。
マスター「いらっしゃい」
顔に大きな傷跡のある若い男。
俺「あ・・・」
K「お前は・・・」
俺「Kか!」
K「クサオ!?」
マスター「お前さん達、知り合いか」
俺「知り合いも何も、運びやってた頃の仲間だ」
K「お、おい余計なこと言うなよ・・・」
俺「あ、すまん」
マスター「はっはっは、こんな巡り合わせもあるもんだな」
K「驚いたな・・・こんな所で会えるなんて」
俺「うん・・・思い出すな、あの頃のこと。色々」
K「かなりな・・・。今、何してるんだ? あ、マスター。いつもの」
マスター「はいはい」
俺「はぐれる直前に就職が決まったんだ。もっとも、ブラックだけど。Kに報告しようと帰ってみたら、野沢が・・・」
K「ああ・・・」
俺「Kは? 死ぬほど心配してたんだぞ」
K「俺は・・・運良くお前んとこに転がり込んだせいで、クライアントの情報リークした疑いがかけられちまって・・・」
K、おもむろに左手を差し出す。小指と薬指が揃えるように切断されている。
俺「うわっ・・・!」
K「無茶苦茶痛かったわ・・・思い出したくもねぇ。これが一番だが他にも散々拷問されて、最後は警察に突き出された」
俺「捕まったのか?」
370: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:05:33.17
ID:y8k+Djtp0
K「ああ。懲役2年半。ま、終わっちまえばあっという間だった」
俺「・・・」
K「目逸らしてどうした?」
俺「いや・・・お前がそんな目に遭ってたと思うとな。それに引き換え俺は幸せなもんだ」
K「野沢に何かされなかったか?」
俺「・・・」
K「・・・手ひどくやられたって顔だな。お前がグルじゃないってことは最後まで貫いたんだが・・・」
俺「いいや。辛かったのは『俺にとって』ってだけだ。Kならこれで済めば万々歳だったろうよ」
K「あ・・・まさかお前」
俺「わかったか?」
K「だってお前、臭くねーもん・・・妹、取り上げられたんだな・・・」
俺「いや。目の前で踏みつけられただけだ。何箇所か砕けたけど、妹は平気だって言ってる。今はこの中だ」
カバンの中のペットボトルをちらつかせる。
K「・・・そうか。・・・ははは」
俺「笑っちまうよな。はは」
K「ははは! あー。はは、なんだかな。笑えるって訳じゃないんだが、笑いたくなるな・・・」
俺「・・・すまなかった」
K「ははは。・・・こんなことになるなら、おとなしく捕まったほうが利口だったぜ」
俺「・・・」
K「まぁでも、これでまた1つ学んだ。もう何回も死んだほうがマシって思ったけどよ、長い目で見りゃ、まだ生きてるし」
俺「・・・」
K「生きてりゃ何度だってやり直せるってわかった。『捕まらない限り』って部分は俺の人生のバイブルから消す」
俺「そういえばまだ聞いてなかったな」
K「あ?」
俺「今何の仕事してるのか」
K「ああ、言ってなかったな。聞きたいか?」
俺「聞きたいね」
371: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:06:26.32
ID:y8k+Djtp0
K「デリヘルの運転手」
俺「・・・」
K「・・・」
俺「またそっちかよ!」
K「またそっち系だよ!」
俺「ははは!」
K「あはは!」
妹「兄・・・」
俺「ん、どうした?」
K「!」
妹「ううん・・・何でもない」
俺「・・・?」
K「・・・」
俺「あ。・・・ああ、今の聞いたか? はは、笑えるな」
K「・・・ふぅ。どこが?」
俺「え、・・・あ、なんだ、聞こえなかったのか」
K「『何でもない』」
俺「!?」
K「・・・そのどこが笑えるんだかな。俺にはさっぱりだ」
俺「本当に聞こえてたのか!」
K「恐ろしいことにな」
妹「!」
372: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:07:35.67
ID:y8k+Djtp0
俺「K・・・それならどうして聞こえないふりなんかしてたんだ」
K「・・・本音が聞きたかったんだよ。妹さんを通して」
妹「私?」
K「クサオ自身がそうだったにしても、追われてる身の奴が増えたら普通迷惑だろ。お前達が少しでも無理してるんなら、俺は黙って出て行くつもりだった」
俺「K・・・」
K「ちょっと気まずいムードにはなったけどよ、それでも歓迎してくれてるみたいで安心したよ。おかげで居心地よかった」
俺「・・・」
K「だから信頼出来たし、頑張れた」
俺「まったく・・・大した役者だな、お前って奴は」
K「悪い悪い。後悔してるよ、騙しちまって」
妹「私を利用したな?」
K「謝るって」
妹「ふふん」
K「・・・最初はよ、クサオのこと危ない奴だと思ってたんだ」
俺「らしいな」
K「ジャンキーだからってのじゃなくてよ、冷蔵庫から死体出した時。マジ、来るんじゃなかったって思ったよ」
俺「あぁ。まぁそうだろうな」
K「だけどお前達は本当にいい兄妹だ。また会いたいって思える奴はそういない」
俺「・・・」
K「何も無いうちに連絡先交換しようぜ」
俺「携帯は持たない主義」
K「・・・へぇ。まぁクサオだしな」
俺「どういう意味だ?」
K「馬鹿だもん」
俺「この野郎」
K「はは」
俺「はは」
373: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 00:08:49.98
ID:y8k+Djtp0
今日は寝る。明日仕事だけど、何時に帰って来れるかはわからない。すまん。
おやすみ
391: ◆2kGkudiwr6 投稿日:2011/01/30(日) 02:16:47.04
ID:y8k+Djtp0
嫌なこと思い出しちゃった。眠れん
※続きを読む
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-第2章-
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-第3章-
俺「母さんの作るご飯がまずすぎて妹が死んだので旅に出ます」-最終章-
⇒
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