…………。
…………。
俺「皆さん、起きとりますかーー!!
雲一つない最高のピクニック日和だよ!」
睡眠が足りてないとハイになることって良くあるじゃん。
しかも、楽しい一日の朝ゆえに拍車をかけて。
父・母・姉「あ……………」
リビングのただならぬ空気を察することが出来なかったわけですよ。
そして……
妹「お兄ちゃん……」
…………。
…そこにはひどく汗をかいて、呼吸も苦しそうな妹。
ソファーにもたれ、肩で息している姿は本当に痛々しかった。
それなのに……
妹「…き、今日のお天気いいんだ…、良かったあ…。
きちんと、て、手つないでいく約束…忘れてないよね…?」
今にも倒れそうで、苦しそうで、喋るのもキツそうなのに…
健気な笑顔で、手を差し伸べる彼女の姿は、
幼い自分の胸にも、確かに刺さるものがあったんだ。
その胸にあった、今日への期待もいつの間にかに縮んでいて。
姉「……………(フルフル)」
姉に助けの視線を投げかけても、
ただただ首を振るだけだった。
母「昨日、風呂上がりにすぐに髪を乾かさないで、
うろうろしてたのが原因かもね」
母「だから、いつも湯冷めは気を付けなさい…
って言ってたんだけど…母さんも昨日は甘く許しちゃったわ
ごめんなさいね」
父「まあ、妹がこんな状態だし仕方ないな…」
母「そう…ね。この体調だとどうしようもないし
無理して肺炎にでもなったらもっと大変…」
父「だな」
父「そういうことだ、俺」
父が何を言ってるかは理解していた。
でも、今までこの日を楽しみにしてたのに…
こんな仕打ちはないんじゃないかって、思ったんだ。
分かっていても、父のそのあとの言葉は聞きたくなかった。
父「今日の外出は……、中止な」
まあ…、当然なことだよね…。
姉「………俺」
一番外出を楽しみにしてたのが俺ならば、
みんなの笑顔を一番楽しみにしてたのは常に姉さんだった。
だからこそ、そんな悲しそうな目で見ないでよ…。
姉さんにはいつも笑ってて欲しいんだ。
そのために…そろそろ、
無理にでも自分の頭を切り替えようと思っていた、
そんな矢先……
妹「…………行けるもん……(ボソッ」
……微かな声だったけど、確かに妹がそう発したんだ。
母「え?」
父「ん?」
二人は聞き直す。
すると……
妹「行けるもん!!!私は大丈夫だもん!!
今日はお兄ちゃんと手つないで遊びに行くんだもん!」
こんどははっきりと。
妹の胸の中にあった大きなわだかまりが、
口からどんどん出ていくようだった。
妹「山に付いたら、お花畑でお姉ちゃんと一緒に冠を作るの!!
それでパパとママにその冠を褒めてもらって…」
出鼻をくじかれた俺は、ただただ妹を見つめることしか出来ず。
妹「お昼にはママが作ったお弁当をみんなで食べて…
お兄ちゃんに私が作った卵焼きを食べてもらって…
おいしいねって言われて、私も嬉しくて…みんなも笑顔で」
妹「久しぶりの家族一緒をめーいっぱい、楽しむの!」
それは留まることを知らなかった。
姉「妹……もういいのよ……」
妹「……それで……それで……ゴホッゴホっ…」
母「ちょっと妹、大丈夫!?」
体調が悪いのに急に大きな声を出したもんだから、
盛大にむせてしまう妹。
そんな妹を見て…
ただ立ち尽くしてるだけの自分がひどく情けなくて…
でも俺なら今の状況を変えれるはずだとその時、思ったんだ。
妹「……え?」
妹の小さく細い右手を自分の右手でしっかりと握ってやる。
握って初めてわかったが、相当熱があるようだった。
姉「……俺」
さきほどまでの想い通りにいかない悔しさは、
当に無くなっていて…
涙ぐんでいる目の前の少女を助けてやりたい…
ただそれだけだったんだ。
俺「別にピクニックなんてどうでもいいよ」
それは自分にも言い聞かせるように。
それは自分にも言い聞かせるように。
俺「今日は運が無かっただけ。
ピクニックなんてこれからいつだって行けるし、
妹が無理する必要なんてない」
妹「で、でも……、
前からお兄ちゃんとの約束楽しみにしてて……
私のせいで………うぅっ…うっ…」
遂に堰を切ったように妹の目から涙が溢れ出す。
逆効果だったかな…と、不安になりながらも、
握りしめた右手がふと目に入って、いい案が思いついたんだ。
俺「だったらそうだ!」
俺「妹が今日横になって安静にしている間、
側にいるよ。勿論、手を握ったままでね!
それなら約束、果たせたことにならないかな?」
妹「ひ、ひっく…お、お兄ちゃんが手握っててくれるの…?」
俺「うん!」
妹「……ず、ずっと…?」
俺「うん!ずっと」
妹「…そ、それなら、私、十分、嬉しいよぉ……」
ぐちゃぐちゃの顔で、
でも、その垣間からふと姿を現した笑顔。
それはその日、初めて見た、妹のどびっきり可愛い笑顔だった。
…………。
…………。
妹「……すぅすぅ……」
俺「……………」
プニッ
妹「……う、ウう…ん………すぅすぅ……」
俺「………寝た…かな…?」
妹「……すぅすぅ……」
妹「……お、おにぃ…ちゃあ……ヘヘ…大好き…」
俺「!?」
妹「エヘ………すぅすぅ……」
俺「ね……寝言か……」
俺「……(///)」
ガチャン
姉「……ど、どう?妹寝た…?(ボソッ)」
俺「お!!!……あ、うん」
姉「ちょっ…大きな声出さない、ね?
妹起きちゃうでしょ…」
俺「あ……いや、普通にごめん」
タイミングが悪いんだよなあ…。
姉「駄目よ?静かにしてないと…。
熱もかなりあったみたいだからね」
姉「でもねえ…」
そういって妹の顔をじっと見つめる姉。
姉「さっきまであんなに駄々捏ねてたのに、
大好きなお兄ちゃんと手繋いでるだけで、
こんなにすやすや寝ちゃって……、もう」
ツンツン
妹「……うぅん……」
俺「こ、こら姉さん!」
妹「…………すぅすぅ………」
姉「ハハ、悪い悪い。
ちょっと生意気な奴だなと、悪戯心が」
目の前で手を合わせて、テへってペコちゃん。
こういうの本当にずるいよなあ……。
綺麗だと何やっても様になるから困った。
俺「べ、別にいい、けどさ…(///)………ってよくない!
姉さんが言ったんだから、自分も守ってよ。
起こしちゃ可哀想」
危ない危ない。
姉「はいはい拙者、心しまする!
……愛する妹のためだもんねー。
お兄ちゃん頑張ってる頑張ってる」
俺「……また、馬鹿にして」
姉「あれ?
もしかして拗ねちゃった?」
俺「………べつに…」
姉「ごめんごめん。
姉ちゃんちょっと調子乗っちゃったみたい。
二人の仲良さぶりに、嫉妬しちゃったのかなあ」
俺「っ!?」
顔が紅くなるのも自分で分かったんだ。
あの時は、部屋が暗くて正直助かった。
姉「でもね。
ほんとうに俺はよくやってると思うよ」
俺「え?」
姉「一番ピクニック楽しみにしてたのは俺だもんねー。
妹は一緒になって騒いでるって感じで、
本当にショックだったのは俺」
俺「…………」
姉「あの場面なら普通は駄々こねたいよねー。
やっぱり、あそこで一言ぐらい言いたかったんじゃない?
『なんで、想い通りにいかないんだ』って」
俺「…………」
あーあ……。
本当に姉さんには叶わない。
俺は、口をつぐんで黙っていることしか出来なかった。
でもそれは……
結果的に肯定してることになっちゃうんだよなあ…。
姉「妹がいたから我慢したんだよね?
よく頑張りました。本当にありがとね」
そんな素直に褒められたら、感謝されたら…
姉「だから、もう良いんだよ」
そんな風に優しい声でささやかれたら…
姉「私の前では強がんなくって良いの。
ね?」
甘えたくなっちゃうじゃないか…。
グイ
いつの間にか、俺の体が抱き寄せられていた。
柔らかい姉さんの体が俺を包み込み、
胸の奥のものが次第に流れていく。
本当に温かくて、
自分はやっぱり姉さんには叶わないんだなって、
その日、再度自覚させられたんだ。
…………。
…………。
そしてそのあと。
泣きはしなかったけど、
ちょっと弱音は吐いちゃった。
あと二年で中学生になるってのに、
この程度のことで幼いなって、今は思うよ。
…………。
こんな毎日が幸せな日。
六年前のとある一日の話。
そして……
時はあっという間に過ぎていったんだよなあ。
………………。
…………。
……。
何か懐かしい夢をみていた気がする。
それはとっても温かくて…
いつまでも浸っていたくて…
けど…
俺「…………」
俺「…………あ」
微かに聞こえる小鳥の鳴き声。
俺「……………ん……ン、
……朝か……」
時計を見ると、時刻は五時半。
いつも通りだ。
俺「?」
ふと瞼を擦ろうとしたところ、
その“いつも”とは違う異常に気が付く。
俺「あれ……?
なんで俺泣いてんだろ……」
…………。
懐かしい夢を見ていた。
それはとっても温かくて…
いつまでも浸っていたくて…
そんな幸せな日々。
みんなが笑っていて。
家族が笑っていて。
俺も笑っていて。
けど……
それを悲しいと感じてしまうのは…。
…………。
俺「よし!今日も頑張るぞ!!」
誰もいないリビングで一人喝を入れる。
やらなきゃいけないことは数多とある。
時間はいつも足りない。
ただ、そんな現実から逃避していても始まらないのだ。
適切な時機を判断し、
優先順位を付けながら少しずつこなしていく。
今で言えば……
俺「飯だな」
男の料理なんだから大雑把でいいものの、
今日は気分を代えて、弁当でも作ってみるか。
俺「よし、俺ちん頑張っちゃうぞ♪」
……やってから後悔。
…………。
…………。
俺「何たってカツだろ」
俺「お肉ちゃん出ておいで」
俺「ええと……衣と卵…」
俺「油油」
ジュジュジュ
俺「あ、やべ………。
飯炊くの忘れてた!!!」
俺「ん?」
俺「カツサンドもいいな……」
俺「まあ、アイツはごはん派だからいいか…」
………男の料理、開催中。
独り言が多くなるのは仕方ない……うん。
…………。
一通りの準備を終えて、自分の支度をし始める。
そして何だかんだしてるうちに時間は過ぎて…。
…………。
妹「……………」
俺「あっ……おはよ」
いつまで経っても降りてこないので、
先に飯を食べていたら、妹が支度を終えてリビングに現れた。
妹「……………」
俺「……………」
妹「……………ご飯」
ぼそっと一言呟く。
俺「あ……ああ!!
今日はなんか気分が乗って豪華にしてみたんだ!」
ちょっとの反応が嬉しくて…
体裁なんか気にしてられなくて…
妹「……………」
俺「妹はごはん党だからきちんとそっちも用意してあるよ。
あ、こっちのカツサンド欲しかったらいってくれ!」
畳み掛ける。
俺「でもちょっと兄ちゃん作り過ぎちゃったなあ、ハハ…。
俺は弁当で持ってくつもりなんだけど!
どうだ!妹の分も用意出来るぞ!」
……まあ、大体の返答は分かりきってる…。
妹「悪いけど……
今日から朝食抜くって言いたかっただけだから…」
俺「あ………。
えっとダイエットか……?」
妹「ま、そんなとこ……」
俺「……じゅ、十分、いいと思うけど……」
妹「……………」
妹「…………んじゃ私、もう行く…」
俺「あ…………」
それでも何とか諦めずに…
俺「ひ、昼は抜かないんだろ!
んじゃカツサンド、お弁当にどうだ!!」
もっと良い台詞無かったのかよ……。
ダイエットを考えている女が、
揚げ物なんか食わないだろうことに後で気付く。
妹「……………」
妹「…………じゃ」
ガチャン
リビングの扉が閉まる。
足は止ったものの、一瞥すらせずに去っていた妹。
完全なる拒絶……か。
俺「ふぅ……」
俺「………なんでこんなになっちゃったんだろうな」
誰に問うわけでもなく…
あえて言うなら、自分自身に言い聞かせるように。
また今日が始まる。
…………。
…………。
黙々と数学の教師が黒板に方程式を書いていく。
つまらない授業。
一体これらが何の訳に立つのだろうか。
この問題が解けることに何の意味があるのだろうか。
?「………ぉ…」
先が見えなかった。
自分の数年後が全く想像出来ない。
?「………んぞ!」
今と変わらない日々を送っているのか。
そもそも、その頃までに生きているのかさえ今は疑わしい。
結局は答えの出ない問いばかり…。
朝の件以来、ずっと自問自答を続けている。
せっかく、今日は頑張ろうと思っていたのに…
少し、頭の中が悪い方向に行っているようだった。
──と、突然。
背後を誰かにどつかれた。
ゴッ!
俺「いっ……いって~~!!!」
担任「俺君、さっきから私の話聞いてなかったでしょ?」
俺「えっ!?えっ!?」
そこには頬を小動物のように膨らませた、担任様が立っていた。
あ、可愛い…。
友1「俺は声かけたかんな……」
担任「さっきから、ボーッとボーッと。
眠いのかと思って当てたら案の上、無視ですよ」
俺「い、いや…」
担任「私が新任だから、『このアマ調子こくなよゴラア』
『腐れビッチは一人で悲しく板書してろよカス』
とか思っていたに違いないです!」
俺「……そ、そんなこと思ってま──」
友1「俺知らね」
担任「そりゃ私だって……
自分の授業が心底要領悪いって自覚してますよ…
だから、眠ってしまうのも仕方ないかなって…」
俺「あ、あの…先生…?」
担任「だから、眠ってる子をあえて起こそうとはしません…。
寝てしまうのは私の力不足みたいなものですし、
他人に迷惑かけてるわけじゃありませんし…」
担任「……後で私が独り涙を流せば済む話なんです(ボソッ)」
俺「…え?先生、聞こえな──」
担任「ですが!!!」
俺「!?」
担任「無視は絶対駄目です!
先生はA型なんです!無視が何よりも堪えるんです!」
俺「そ、そうなんですか…」
友1「…どっちかというと奇人変人のABのような…(ボソッ)」
ギロッ
友1「ヒッ!?」
担任「………とにかく。
起きてるんだったらきちんと私の授業聞いてくださいね。
これ以上反抗的……無視を続けたら先生泣きます」
俺「罰とかじゃなくて、泣くんですか…」
担任「はい。もう盛大に泣いてやります。
上からもグチグチ、下からは無視されて……
そんなの続いたら先生の涙で学校は沈没です」
俺「ち、沈没…」
担任「授業を聞くこと!返事は?」
俺「は、はい!」
担任「よろしいです!素直な子は先生大好きです」
怒った顔が一瞬で変わる。
とってもキュートな笑顔。
少しドキッとしてしまったのはお約束。
担任「ではさきほどの続きから──」
…………。
なんか嵐のようにやってきて…
過ぎ去っていった…。
でもあれ?
胸の中の鬱憤が取れた感じ。
もしかして先生──
…………。
担任「それと…」
担任「友1君は後で職員室でじっくりお話しましょう」
友1「ちょっ?!」
…………。
まさか、ねぇ……?
…………。
…………。
帰宅中。
友1「……なんで俺がこっぴどく説教されてんだよ……」
俺「んま、仕方ねぇ仕方ねぇ」
友1「俺はお前を起こそうとしただけなのに…シクシク。
余計なこと言わなきゃ良かったぜ…」
俺「結局お前は何言ったんだ?
声が小さくて全然聞こえなかったけど…」
友1「別にちょっとからかっただけだよ…。
しかし担任、耳良いよなあ。地獄耳マジ有り得んし」
俺「そんなこと言ってるとどこかで聞いてるかもしれんぞ。
ギロッ!……って」
友1「ヒッ!?……おま…脅かすなよ…」
担任のあの一瞬の目つきは、相当やばかった…。
尿意があったらチビリそうだったぜ…ふぅ…。
友1「あれは絶対、殺気が籠ってた。
マジで『殺される!?』って思ったもん…。
しかしなんか逆鱗に触れちゃったのかな…」
今になっては分かるわけもなく。
増してや、本人に聞くなんて──
俺「確実に、殺されるな」
友1「ん?……確かになあ。やばかったぜ」
俺「ま、それはそれとして」
友1「どうした?」
俺「今日は、この後どうする?」
今から家に帰っても当然のことながら誰もいないわけで。
一人で悲しくしてるのは、出来るだけ避けたいお年頃で。
友1「んじゃ、どっか遊びにいくか!
カラオケ……二人だから無しだな。
ボーリング……たけぇな」
俺「んま、その辺うろうろして、ゲーセンでも行こうぜ」
友1「それがいいかもな。
目的が無くても時間はつぶれる」
俺「よっしゃ!」
俺「んじゃ、いこ──」
いざ街の中心に向かおうかと足を向けた時、
偶然目にしてしまう。
友1「どうした?」
俺「……い、いや……何でも無い」
出来るだけ平静を装おうと、
必死に頭を切り替えようとする。
けれども、唐突過ぎる出来事に、
自分の頭も付いていく事が出来ず。
いけないと分かっているのに…
そちらに再度、目を向けてしまう。
友1「…ん?」
やはり、気付かれてしまった…。
友1が俺の視線を辿る。
そしてその先には──
友1「おお、可愛い子いんな…。
でもあれ…?あの子、お前の妹じゃなかったっけ?」
ほんと……
今日ばかりはコイツの勘の良さを心底恨む…。
二人の視線の先にいたのは、
恐らく帰宅途中と思われる一人の少女。
ショートへヤーに少し色が入っていて、毛先は跳ねていた。
すらっとした体型に……だけど何故かひどく脆そうで。
間違うことはない。
何十年も一緒に暮らしてきた、俺の妹だった。
友1「何だよ…お前が挙動不審だから見てみたら…。
昔見た時に比べると、可愛くなりすぎ…。
やべぇ、これからはお兄さんと呼ばせて下さい」
俺「なめんな」
まあ、今の俺が言えた義理じゃないけどさ。
友1「そういえばお兄さん、妹さんと相当仲良かったよね?
俺が遊びに行くといつもお兄さんの後ろ付いてきたし…」
友1「んじゃ、呼んでみますか!」
俺「な!?」
俺が一番危惧していた事態になってしまった!
友1「いも~うと~さーーーん!!!!
初めて見たときから、決めてま、シターーー!!」
妹「?」
終わった…。
友1「とっ、突撃ーーーー!!」
凄い勢いで駆けていく一人の男。
絶賛彼女募集中だそうです。
妹「え?あ、あのぉ……」
戸惑う娘。
まだ、俺には気付いていないようだった。
しぶしぶ俺は二人に近づいていく。
友1「初めて見た時から、あなたに決めてました!
どうか私めを罵っ…いえいえ、兎に角好きなんです!」
駄目な性癖が見え隠れ。
妹「えっと……そ、あ………」
慌てる妹。
正直、こんな様子の妹を見るのは久しぶりだった。
そういえば、人見知りするんだったよなあと思い出す。
久しぶりにみる、妹らしい姿。
そんな姿をずっと見ていたいな、と思いながらも──
それが叶うことはなかった。
妹「あ……」
そこで初めて、俺の存在に気が付く。
軽く俺と視線を合わせ、
一瞬で“いつも”の無機質な表情に変わった…。
友1「え?」
その変わりように、この男も付いていけないようで。
妹「では失礼します」
そう冷酷に言いつけて、
俺達の前を通り過ぎていった。
友1「え?…え??どういうこと?」
俺「……………」
……………。
この場面で俺が妹に話しかけることはない。
語りかけた言葉も全ては霧消し、
そこに残るのは後味の悪さだけ。
本当はこんなはずじゃなかったんだ。
あの夢のような幸せな日々はずっと続いて、
みんなが笑顔でいる世界が、
家族全員揃う世界が、
そして──
俺と妹が時には喧嘩しながらも、
手を取り合う世界があるはずだった。
全ての歯車が狂ったのは、三年前の夏のこと。
特に暑かった、あの日──
家族の中心だった、姉さんが、死んだ。
……………。
俺「うっ……」
ザザー…
ノイズが走る。
忘れようとしていた記憶が蘇る。
……………。
そうだ。
そうだよ。
思い出した。
忘れようだなんて、俺も馬鹿だな。
そう──
俺が姉さんを殺したんだった…。
……。
…………。
………………。
──三年前 夏
それはまだ、家族みんなが幸せで、
手を伸ばせばそこに誰かいる…
そんな温かい日常。
でも、それが当然だと思ってた。
何も変わらずに、数年後も、何十年後も続く…って信じてたんだ。
だからこそ、あの日の夕方。
俺は些細なことで姉さんと喧嘩して、
家のソファーでふて腐れていた。
どうせまたすぐに仲直りできるんだから、
自分が怒ってることだけは伝えておこうと思ったんだ。
ことの発端は、数週間前のこと。
成績が伸び悩んでる俺に、
姉さんがある提案をした。
……………。
姉「俺、もう少し頑張んないと駄目じゃん!
こんな成績だと私の学校に来れないよ。
最後の一年ぐらい一緒に登校しようって約束したのにさー」
俺「だ、だってさ……。数学は苦手なんだよ……。
あと受験は再来年だからまだ大丈夫じゃん……」
姉「うーーん。
どうすればやる気になってくれるのかなあ」
俺「え?」
姉「そうね。
じゃあ、こんどのテストで平均点を越えたら、
一緒にデートしてあげる。凄い譲歩だよぉー」
俺「……あ(///)」
姉「……ん?
お姉様とのデートだけだとご不満ですかい?
我侭小僧めぇ~(ツンツン)」
俺「…………うぅ(別にそれだけで十分なんだけど///)」
姉「よし!!じゃあ、お姉ちゃんフンパツしちゃうぞ!
俺が前から欲しがってたゲーム機だっけ??
あれ買って上げる!」
俺「!!!
…で、でもあれかなり高いぜ…。
姉さんの小遣いじゃ相当キツ──」
姉「いいのいいの。
どうせ他に使い道がないし、
だったら自分の好きなように使っちゃう」
姉「私が高校を卒業する最後の一年ぐらい、
前みたいに一緒に登校したいしね!
………一つ違いの妹がいつも羨ましいだよなあ」
俺「………何て言ったらいいか分かんないけど…
ありがと(///)」
姉「あっ照れてる!
もうそういうとこ、ほんと大好き♪(グリグリ)」
俺「……うぅ……」
姉「じゃあご褒美ゲットできるように頑張るんだぞー?
テスト返却後、クリアしてたらすぐ次の日に行こうね」
俺「あ!うん、俺マジ頑張るよ!」
姉「姉さん期待してるぞー?」
俺「了解しました!」
?「…おはよー……(ガチャ)……あれー??
……おにいちゃーんは…おねえちゃーーん…どこー。
…昼寝しちゃってる間にどっかいっちゃったのかなあ…」
姉「あ…我が家の眠り姫が起きなさったな。
さっきの話は私と俺との二人だけの秘密ね♪
妹に悪いけど、今回は俺を独占しちゃうもんねー」
俺「姉さん(///)」
?「みんなどこー…」
妹「(ガチャ)…あれ?二人ともお兄ちゃんの部屋にいたんだ?
で、何してたの?」
姉「べっつにーー。
ちょっと俺クンの成績が悪いから、
叱っておりました」
俺「あ、うん」
俺「あ、うん」
妹「ふーん。そうなんだ。
お兄ちゃん勉強頑張ってね…
じゃ、邪魔者は失礼しまーす(ガチャ)」
俺・姉「ふーー」
……………。
そして、あの日の前日。
……………。
俺「(ガチャ)姉さん!やったよ!
平均点どころかほら!」
俺「(バサッ)ジャジャーーーーン!!
クラスで三ばーん!!イエイ!
俺でも本気出せば行けるんだぜ!」
姉「…あ。
す、すごいね。
やっぱ姉ちゃんの見込みは正しかったわけだ」
俺「だろ?!
俺も人間本気出せばやれるところまでいけるって、
初めて分かったよ!姉さんのおかげだ!」
姉「そ、そんなことないよー。
俺の埋もれた才能が発揮されただけ!
私はちょっとそれにやる気というスパイスを加えただけよ」
俺「て、照れるぜ(///)
なんてほめ殺しだ……。
これからは姉さんのことを褒めキラーとお呼びします」
姉「ふふん、我が輩は褒めキラー(笑)だぞ。
ちょっとでも油断したら、褒め殺してやる!
うらうらうら(グリグリグリ)」
俺「ちょっ!(///)
姉さん、胸当たってる当たってる!」
姉「当ててやってるのだ!
祝福の時だと思いなされ!(グリグリ)」
俺「おぉ……(///)」
姉「で、でね。
明日のデートのことなんだけど姉ちゃん、よう──」
俺「あ!そのことなんだけど、
ゲーム機はやっぱり高いし姉さんに悪いから…
デートだけで十分だよ!」
俺「明日楽しみにしてる!!」
姉「………俺……あ、あのね…」
俺「ん?どうしたの、そんな深刻そうな顔しちゃって…」
姉「そ、そのー。
引っ越す友達のお別れ会が明日、急遽被っちゃって…」
姉「ほんとにごめん!!
明日は姉ちゃん無理だけど、明後──」
俺「……なんだよそれ……」
俺「明日一緒に行くんじゃないの?
姉さんそっちの友達のほうが大事なわけ?」
姉「そ、そういうことじゃ、ないじゃない!
俺との出かける約束は私も凄く楽しみにしてたけど、
引っ越しちゃう友達は明日が最後だから」
俺「そんなの関係ない!
約束はこっちの方が先だったのに…」
俺「どうせ姉さんにとっては、
弟とのデートなんかどうでもいいだろ!」
姉「俺!!」
俺「もういいよ!
その友達によろしく伝えといて!
『弟よりあなたが大事なんです』って!」
姉「ちょっ待ちなさ──」
バンッ
……………。
本当今思うと、この時の自分のことを最低だなって。
姉さんの優しさに甘えきって、
少し想い通りにいかないだけでムクれて。
そうやって自分が怒っていることを
意図的にアピールしてたんだと思う。
妹の前で強がる俺も、
姉さんの前ではいつも子供だった。
だからあの日。
約束の日を反故にされたことに対して、
何もする事が無いのに…
リビングのソファーで姉さんの帰りを待ってたんだ。
抗議の意味も込めて。
いつもは、駅まで姉さんを迎えにいくのに。
そして──
歯車はこの辺りから、『確実に』狂い始めてたんだ。
……………。
──リビング 17:20
母「もういつまでも子供みたいにムクれてないで、
お姉ちゃん迎えに行って上げなさい。
駅であんたのこと待ってるかもよ」
俺「……いいよ別に」
母「はぁ……そんなこと言って……」
妹「お兄ちゃん……」
母「朝からずっとソファーで、だらーっ…と。
いい加減、少しはそこから動いたらどうなの。
正直、女々し過ぎて母さん情けないわよ」
俺「別にいいさ……どうせ女々しいよ」
母「もう……」
妹「……うぅー……」
妹「……ん?……あっ、お兄ちゃん!
じゃあ私と、し、しりとりでもやろうよ!」
俺「…………」
妹「え、ええと、しりとりの『り』で……うんと…」
妹「り、『利口』」
俺「『ウルトラマン』」
妹「……うぅ……。
も、もう…終わっちゃったよ……」
母「はあ………」
……………。
──駅 18:20
姉「ああ……遅くなっちゃったな」
姉「俺待ってるかなあ……待ってないよなあ……」
(キョロキョロ)
姉「……………」
姉「…………やっぱりいない」
姉「少し待ってたら来てくれるかな」
姉「でも、かなり怒ってたしなあ……無理か……」
姉「……………」
姉「……………」
姉「…………あ、で、電話すれば………」
姉「………うぅ……」
姉「迎えにきてとか……気まずい上に恥ずかしすぎるよぉ……」
姉「………ちょっと想像…」
姉「『もしもし……あ、私だけど、俺に替わってくれる?』」
姉「『え?嫌がってる?…いいから無理矢理替わってお願い』」
姉「『あ、…わ、わたし……だけど』」
姉「『い、いや、そうじゃなくて、……迎えに……』」
姉「……………」
姉「ぜぇーーったい!無理!……。
キャラ違いすぎて、自分でも恐ろしいわ……」
姉「…………仕方ない、帰るか……」
姉「……………」
姉「……………」
姉「………もう二十分、待ってみよ……」
……………。
──リビング 19:00
母「………姉、遅いわねぇ……」
母「ほんと、俺、迎えにいかないの?」
俺「……………行かね」
妹「…………お兄ちゃん、私と行こうよ」
母「そうよ。二人で迎えにいって上げなさいな。
どうせ姉のことだからあんたが来るの待ってるんでしょ。
姉も本当は素直じゃないんだから……」
俺「……………」
母「………もう……またダンマリ…」
母「なんでウチの子はこんなに捻くれ者が多いのかしら…」
……………。
──駅 19:20
姉「……………暑い」
姉「………結局、一時間も待ってしまった……」
姉「なんてことだ……」
姉「でも、もうすぐ来そうな気がするんだよなあ………」
姉「………………」
姉「…………まあ、帰るか…」
姉「(トコトコ)」
姉「あ!!良い事思いついた…!」
姉「ふふ……我ながら策士であるー」
……………。
時間はそうやってどんどん過ぎていった。
転換期は何度もあった。
そしてその一つさえ選べば、
最悪な事態から逃れることが出来たんだ。
だけれども、変わることは無かった。
そう、今思うと分岐点は幾つもあったんだよ。
けど…それらの全ては、
俺しか変えることが出来ないものだった。
狂った運命。
狂った歯車。
それは確実に。
着実に。
………いつの間にか、
時計の針は、20:00ちょうどを指していた──
……………。
──リビング 20:00
母「…連絡も無いと……ちょっと心配ね…」
妹「………何かあったのかな……」
俺「……………」
俺「……………」
俺「…………分かった」
母「え?」
妹「お、お兄ちゃん!」
俺「……迎えにいってくるよ」
母「そう!
なら、早くいってらっしゃい」
妹「あ、私も──」
俺「ううん。
ついでに仲直りしてくるから、一人でいいよ」
俺「俺、ちょっと大人げなかったわ、ごめん」
母「ん」
妹「なら、いいよ…、お兄ちゃんも気をつけてね!」
俺「おう。じゃあ、行ってきます」
……………。
だけど、遅かったんだ。
すでに狂った歯車は、新たな軌跡を描き始めていた。
もう止める事は出来ない。
誰にでも。
俺にでも。
あと数時間早ければ。
あと数分早ければ。
あと、
……数秒早ければ
……………。
俺「ん?」
俺「なんだろ……なんか音が聞こえたような……」
俺「……………」
俺「……気のせいか」
俺「…(トコトコ)」
俺「駅に着いたけど…いない…。
姉さん、どこ行ったんだろ……」
ざわざわ
俺「…………なんだ?」
ざわざわ
俺「向こうに人だかりが出来てる……」
ざわざわ
俺「……………」
俺「………おいおい……」
──……ドクッ
俺「待てよ……んな、いやいや……」
俺「ま、まさかねぇ……(トコトコ)」
ざわざわ
──少しずつ、喧騒が明らかになっていく
男「……な…か、ト………が突………だ………ぞ」
女「……ゲ……店………だ…て」
俺「…あ………」
トコトコ………タッタッタッタ……
──聞きたくない……聞きたくない……聞きたくない
男「女子高生が一人、トラックに巻き込まれたんだって…」
……………。
……タッタッタッタ……タッタッ……タッ…………
俺「……………ぁ」
俺「うああ……」
俺「あああああ………」
俺「う、うあああああああああああ!!!」
……………。
飲酒運転のトラックが、
駅の近くの小さなゲーム店に突っ込んだらしいんだ。
そして偶然そこに立ち寄って、
会計を済ませて店から出ようとした女子高生がいたそうで…
バンッ
目撃者によると、一瞬だったそうな。
……………。
そう、
そうだよ。
俺が殺した。
あの優しくて、
温かくて、
家族のいつも中心にいて、
俺が唯一甘えられる存在で、
長い黒髪がとても綺麗な、あの女性を、姉を、
間違いなく、
三年前の、あの日…
俺が、殺したんだ──
………………。
…………。
……。
?「………た、…………ぃ」
?「…………い!」
………あれ?
?「俺、大丈夫か!」
友1「おーーーい!!!急にどうした!?」
友1の声が聞こえる。
……どうやらまた、
過去の記憶に酔っていたみたいだ。
俺「ああ……悪い……」
友1「一体、どうしちゃったんだよ…」
友1「妹さんが行っちゃったと思ったら…
急にお前がしゃがみ込んで」
友1「さっぱり分けが分からんぞ…」
俺「すまんな、心配させちまって……」
コイツには、自分の嫌な姿を見せてしまった。
しかし、ここ最近、周期は減ってきていたのだが…
懐かしい夢を見たせいだろうか…。
友1「……で、説明はしてくれないのか?」
俺「わ、悪い……」
話すことは出来ない。
友1「んま、無理には聞かねぇよ…。
ただ、いつでも相談してくれていいだぜ?」
友1「一人でふさぎ込んでも、いいことなんて何もないぞ。
……って、じっちゃが言ってた、ハハ」
俺「………ああ、分かった。
気を遣わせて本当に悪かった……」
友1「ん。しかしそんな様子じゃ、
今日は早めに帰った方がいいな」
正直、その気遣いはありがたかった。
今は立っているだけでもしんどい。
俺「……助かる」
そう言って俺は踵を返す。
後ろの方で、アイツが何か言っているのが聞こえた。
だが、それには軽く手を振るだけで、
俺はひっそりと家路についたのだった。
…………。
…………。
ガチャ
俺「ただいま……」
誰もいない我が家に着く。
姉さんが死んでからというもの、
負の連鎖が続くように家族は皆バラバラになっていった。
制服を脱がずに、そのまま小さな祭壇の前に座り込む。
俺「………姉さん」
聞こえているだろうか…?
俺は祭壇の中にある彼女の笑った写真に向かって、
心の中で語りかける。
あなたがいなくなって、家族はバラバラになってしまいました。
全ては俺の責任です。
まずは、母さんが心労で倒れ、
検査してみると、体の中に腫瘍が出来ていて、
入院生活を余儀なくされました。
父さん。
父さんは母さんの入院のために莫大なお金が必要で、
海外への転勤を断ることが出来ず、
現在はブラジルで必死に働いています。
一人、また、一人といなくなって、
既にこの家は、俺と妹の二人だけ。
笑い声が絶えなかったあの家族が、あの家庭が、
いまはもう、見る影も無いんです。
姉さん。
俺はどうすればいいですか。
俺の罪はどうすれば償えますか。
………妹は、何時の日か、
俺とのコミュニケーションを拒絶するようになりました。
「…………………せめて」
せめて、今近くにいる唯一の家族、
妹とだけでも、仲良くして、この現実を乗り切りたいんです。
あと少しで、母さんの手術が始まります。
かなりの転移があり、手術の成功は限りなく低いそうです。
でも、それでも、
その少ない可能性に縋るしか……
もう大切な人を失いたくない、ただそれだけなんです。
母が何年か立って退院し、家に戻ってくる時、
父が転勤先から帰国し、家に戻ってくる時、
その時までには、妹と昔のような関係に戻れたら…。
姉さんがいた頃の、あの幸せな毎日は無理かもしれないけど、
時には笑い合い、互いに支え合う…
そんな家庭を、……もう一度……作りたいんです。
俺「……ね、姉さん……聞こえてますか?」
あなたにもう一度会えたら、あの日のことを謝りたい。
それで罪が消えるとは思っていません。
でも、それでも………
……………。
気が付くと、外から夕陽が差し込んでいた。
少し寝てしまったようだ。
俺「………飯の準備しないとな」
まずは顔を洗わないと駄目かもしれない…。
今のひどい顔は………妹には見せれない…。
……………。
……………。
俺「遅いな……」
着替えてすぐに飯を作り始め、
いつもより遅れながらも、もう、カレーが出来ていた。
ただ、作り終わったのが二時間前ぐらい…。
いつも、妹との二人だけの食卓。
会話がないものの、夕飯だけはきちんと一緒に取ってくれた。
しかし、今日は九時になっても帰ってこない。
一体どこで何をしているのだろうか?
色んな不安が過るものの…
俺「俺が口出すわけには……いかないか……」
先に飯を食べ始めてもいいのだが、
せめて夕飯だけは…という思いが強くて、
今もまだ妹の帰宅を待ち続けている。
連絡もなし。
男の影は今のところ見えないので安心してはいるが、
自分が知らないだけなのかもしれない。
思い出すのは……三年前の記憶。
俺「…………もしも、ってことは無いよな……」
一旦、心配になると、それは止められなくて。
俺「………やべぇ……嫌な予感がする……」
早る気持ちを抑えきれなくて。
俺「……と、とりあえず……外に出るか!」
勢い良く立ち上がり、
すぐさま、ダウンジャケットを取りにいく。
もしも、
もしも………
妹が事故にあったら………
俺「……!?……やべぇ、急がないと!!」
繰り返すことは避けないといけない。
あの日の、俺の罪は一生消えない。
しかし、
妹までもいなくなってしまったら、
もう俺の心は絶えられない!
……………。
駆け足で、玄関に向かう。
靴を急いで履き替えて──
──すると、
玄関の扉が、目の前でゆっくりと開く。
……………。
妹「……ただい…ま……?」
俺「………妹……!あ、良かったあ……」
バッ
思わず反射的に抱きしめてしまう。
瞬間、妹の懐かしい匂いがした。
本当ならすぐに離さないと駄目なのに…
俺の手は……
すぐに…動いてはくれなかった…。
妹「え?え??」
俺の唐突で、且つ、
不可解な行動に妹は戸惑っているようで。
でも──
俺「本当に、本当に良かったあ…
お前だけなんだから……マジで…心配かけんなよぉー…」
……今日は何故か、
涙腺が緩い一日なのかもしれない…。
……………。
そのあと、二人で遅めの飯を食べた。
何故、帰りが遅くなったのかは聞かない。
食卓もいつものように会話は皆無だった。
ただ、妹が帰ってきてくれた、
その事実だけで、自分はこれからもやっていける。
夕飯のカレーを食べ、
早々に自分の部屋に戻っていく妹の後ろ姿を見ながら、
ふとそんなことを思ったんだ。
……………。
……………。
俺「でも……やっぱり今のままじゃ駄目だよな」
さっきまでは、あんなことを思っていながら、
今の現状は全く好ましくない。
夕飯後、
茶碗あらいをし、風呂に入って…
今は、自分の部屋にいる。
後は寝るだけなんだが……
俺「このままだとずるずる行っちゃうよなあ……」
妹が無事で帰ってきてくれたのは本当に良かったが、
結局は何も変わっていない…。
思い出してみる。
何時の日から、彼女は俺を避けるようになったのだろうか。
俺「………姉さんが死んじゃった時……か?」
確かに、それなら納得がいく。
しかし…
俺「………覚えてないんだよなあ…」
あの日のことは今でも鮮明に覚えているのだが、
その後、葬式はどうしたのか、などは全く覚えていない。
肝心なピースが抜けている…。
自暴自棄になって塞ぎ込んでしまった結果、
記憶が朧げなのだ。
となると……
さるさん喰らったか
集中的に10回くらい連投投稿した後は
3回くらい3~5分おきに投稿したら良いぞ
俺「やっぱり、『姉の死の原因』ってことか…」
辿り着いた結果は、一番キツかった。
……口喧嘩をして今の状況ならば…どんなに楽か。
互いにすれ違って今に至ったならば…どんなに楽か。
幾ら俺が頑張っても…
死んでしまった姉さんは絶対に生き返らない。
もし、妹が『姉を死なせてしまった』ことに対して…
俺を怨んでいるのなら。
結局はその事実を変えられない限り、
現状の打開は難しい。
俺「……打つ手無し………か」
考えれば考えるほど…
妹と仲良かった、あの頃は……
遠く、遠く──
遙か彼方に消えていく──
……………。
……………。
コンコン
俺「妹……まだ起きてるか………」
コンコン
俺「………開けるぞ?……いいか?」
返事無し。
躊躇いながらも、妹の部屋のドアを開ける。
ガチャ……キー
俺「あ」
真っ暗な部屋の、
片隅にあるベットの中で、既に妹は眠っていた。
妹「…………………」
妹「…………すぅすぅ………」
俺「…………」
彼女が起きないように、ゆっくりと近づいていく。
久しぶりに入った、妹の部屋。
昔の記憶とは、ほぼ様変わりしていた。
……。
…………。
………………。
父「今日から俺は一人部屋な」
俺「え!?」
母「そろそろあんたもお年頃だし、
姉と妹とは別部屋の方がいいわ」
俺「…………そ、そんな」
姉「んま、これは諦めな」
俺「ね、姉さ~ん……」
姉「甘えた声出してもダメー。
ベーっだ」
俺「おろおろ……マジカ」
妹「…………うぅ……」
妹「わ、わたし、お兄ちゃんと一緒の部屋がいい!!」
母「あらあら。
ほんと、この子はお兄ちゃん大好きっ子ね…。
困ったわ……」
父「ふむ……しかし、姉とは別々になっちゃうぞ?
いいのか妹?」
妹「……ふぇ?」
姉「しくしく。姉さん寂しいよぉー…」
妹「あわわ、ど、どうしよ…。
お姉ちゃんとも一緒がいいよぉ……うぅ…」
母「ふふ、優柔不断ねぇー。
ほら、俺。
あんたからなんか言う事無いの?」
俺「お、れ?」
父「そうだぞ、男の見せ所じゃないか、ほれ」
俺「あ、うん」
俺「妹……俺、これからは一人の部屋でいいよ」
妹「わ、私……お兄ちゃんとも同じがいいもん!」
俺「んまあ、そう言わずさ…。
寝る時以外はいつでも来ていいんだから、
全然無問題じゃないかな?」
妹「……うぅ……で、でも……」
俺「そ、そうだ。
父さん、この部屋二人になるなら、
二段ベッド買ってあげてよ」
父「ん?
別に構わんが、この話に関係あるのか?」
俺「ほら!父さんいいってよ!
二段ベットで妹寝れるんだぞ!」
妹「二段ベッド……」
俺「姉さんと妹が同じベットに寝るんだけど、
段になっていて、すごくカッコいいんだ!
友達の家で見たから間違いない」
姉「ふふ。じゃー、ね?
妹は二段ベットが来たらどっちがいい?」
妹「上……かな?」
姉「じゃあ、妹に上譲ってあげる。
ね?俺はいないけど、二人でも楽しいよ?」
妹「………(チラッ)」
俺「姉さんの言う通りだよ」
妹「う…じゃあ、私、我慢する……」
姉「楽しくやろうね~♪(コチョコチョ)」
妹「うハっ!ハハハハ、お、お姉ちゃん、くすぐったい!」
父「よし、これで万々歳だな」
母「ふふ、ほんと…俺は妹がいると見違えるわね」
………………。
…………。
……。
懐かしい記憶……。
しかし、
今妹が寝ているのはあの頃の二段ベットではなかった。
姉が死んでしまって……恐らく…
その時に思い出が強過ぎるから、
新しく買い替えたのかもしれない。
一人には……
二段ベットは辛過ぎるわな。
俺「………なあ、妹」
ベットの横に静かに座り、
そっと話しかける。
俺「………俺、お前と…昔みたいに仲良くしたい…な…」
妹「……………」
俺「……どうしちゃったんだろうなあ……」
俺「今日は、お前のことが心配で……
なんか感情の起伏が激しくなってるわ…」
妹「…………すぅすぅ……」
俺「…………妹……」
安らかに眠っている、その綺麗な顔に…
そっと手を伸ばそうとして…
触れようとした瞬間──
俺「………ッ!?」
心に根付いている罪の意識が…
俺を寸前のところで食い留めた。
立ち上がる。
駄目だ。
今の状態だと、何をするか分からない。
自分の罪を忘れて……
妹が寝ている間に、仲良くなった気になって……
彼女の、俺に対する、憎悪を…
正面から受け止めてこそ初めて……
ガチャン
扉が閉まる。
急ぎ過ぎては駄目だ。
物事には必ず順序がある。
それを、見失っては絶対いけないんだ。
俺「これが………罪……か」
……………。
驚くほどつまらんくてびびったわ
……………。
ガチャ
自分の部屋に戻り、すぐさま横になる。
いつもの、平凡な天井を見つめがら…
今日という一日が、何かの節目になる気がした。
俺「何か、変えなきゃいけない」
漠然と。
但し、心の中で強く決意して。
いつまでと変わらない日常、
会話のない兄妹、
いつかまた…
二人で笑え合える日を夢見て…
俺の意識は少しずつ……
……薄れていった。
……………。
妹「………………」
妹「………………」
妹「………………ふぅ」
妹「…………兄さん、わたし……」
妹「………………」
妹「…………うぅん…」
妹「………おやすみ…なさい…」
……。
…………。
………………。
夢の中で、
俺は一人の少女と出会っていた。
白いワンピースをただ羽織っただけの、
とても綺麗な女の子だった。
近づいて、
名前を聞こうかと思った矢先、
少女「あなたは……」
少女「あなたは……世界を恨んでますか?」
俺「え?」
唐突に聞かれた、その“異質”に思わず戸惑ってしまう。
何か、何か返答しないといけないのだが…。
少女「………答え辛いようですね」
少女「では言い方を変えます」
少女「大切な人を失わせた…この世界」
少女「あなたは…怨んでますか?」
はっきりと、
少女から発せられた言葉は俺の胸を確かに抉った。
この世界を怨んでるか…って?
あの大切な人を失わせた世界を怨んでるか……だって?
何だよ。
そんなこと、今更分かりきったことじゃないか。
俺「怨んではいない。
姉さんが死んだのは全て俺の、責任だから」
それが、罪だ。
俺「で、でも。
それでも今は、これ以上の悲劇は作りたくない」
俺「過去は、変えられない」
そう、死んだ人は蘇らない。
だから………
俺「ただがむしゃらに…今を頑張ろうって、
決めたんだ」
何だ俺、意外と良い事言えるじゃん。
少女「……………」
少女「………そうですか」
少女「でも、もし」
少女「あなたがあの日、
数秒でも早かったことで何か変わりますか?」
俺「ッ!?」
少女「結果は同じです。
あなたの姉は死んでしまいます」
数秒早ければ…
俺が数秒早く姉さんを見つけていれば…
いや、確かにそれは無理か…。
俺「で、でも!」
俺「数秒とは言わず、数分でも数時間でも早ければ──」
少女「……………」
少女「では、お姉さんの事故は防げたとしましょう」
少女「しかしお母さんの病気はどうするのですか」
俺「あ…」
盲点だった。
少女「あなたの母は体に大きな病気を抱えていました」
少女「皮肉にも、それが分かるのはあなたの姉の死によって」
少女「結局」
少女「あなたが望む、
みんなが笑ってる世界はどんな場合でも無いんです」
彼女は淡々と続ける。
少女「あなたは言いました」
少女「『これは……俺の責任だと』」
少女「あなたは思ってるのでしょう」
少女「『これが……俺の罪なのだと』」
俺「……………」
少女「現実を見て、あなたはまだそう思いますか」
少女「まだ『自分の責任だと』『自分の罪だと』」
少女「そうやって…」
少女「いつまであなたは、
自分のエゴティズムに酔いしれてるんですか?」
俺「………………」
あまりにも的確で、
あまりにも完全で、
俺はただ、口をつぐむしか術は無かった。
でも──
そこで、初めて少女は感情を表に出した。
少女「ごめんなさい。
別にこんなことを言いたかったわけじゃないんです」
その顔はひどく悲しそうで…
少女「脱線してしまいましたね…」
少女「今言ったことは、あまり気にしないで下さい」
それでも彼女の言った事を気にしないなんて…
出来るわけ、ないじゃないか……。
俺「分かりました…。気にしないことにします…」
ただ口では強がりながら、
言葉が敬語に変わっていることに自分でも驚いた。
少女「……………どうも」
少女「では、再度問います」
少女「あなたは」
少女「“この世界”を、怨んでますか?」
俺「………………」
どうなんだろうか…。
もしも彼女の言う通りだとして、
俺はこの世界を怨むのだろうか。
姉さんが死んだのが必然なのだとして…
母さんが病気になったのも必然なのだとしたら…
俺「……お、おれ……」
迷う必要がどこにある。
“この世界”が、幸せの日々を壊したのなら、
躊躇う必要などないではないか。
……………。
俺は言った。
俺「それでも…」
俺「それでも、俺は、“この世界”を怨むことは…出来ません」
少女「……………」
少女は静かに俺のことを見つめる。
何故かそれは…
俺の本当の真意を見透かそうとしているように感じられた。
だからこそ、
はっきりと、迷うことなく伝えるのだ。
俺「確かに……」
俺「…“この世界”は悲惨な事ばかりです…」
俺「時に負が負を呼び、さらにどん底に堕ちていく…」
俺「お世辞にも、理想の世界とは言い難い…」
少女「……………」
俺「でも、そんな世界でも怨むことは出来ないんです」
俺「昔の楽しかった、幸せだったあの頃の記憶」
目をつぶり、そこに広がるのは…家族の笑顔。
苦しいことを共に乗り越え、
時にはすれ違いながらもすぐに笑い合った。
過去は飽くまでも過ぎ去ったものにすぎないのかもしれない。
俺「今の現実を否定することは、
今の世界を否定することは──」
ただの揚げ足取りだと思われるかもしれない。
俺「結果的に、幸せだったあの過去を、
否定することになってしまうんです」
少女「……………」
だからこそ、俺は怨めない。
俺「今の現実が苦しくて、誰かの拒絶が本当に悲しくて…」
俺「だけども、あの頃の幸せが取り戻せるのだと信じて」
少女は俺を問う。
少女「お姉さんは生き返らないと分かっていても?」
俺「分かっていても」
少女「お母さんが病気で死んでしまっても?」
俺「例えそうだとしても」
少女「加えて、いつまでも妹に拒絶され続けても?」
俺「……………」
俺「…………また、その次の日に頑張ればいいさ」
明日が続く限り、
何度だって諦めない。
この少女は『姉の死』が俺の責任じゃないと言ったけど、
結果的に至らしめたのは俺だ。
いつも姉さんに甘えきって、
駄々をこねて、
それが直接的な原因とは言えないけど、
正しく、俺の罪なのだと思う。
……………。
少女はしばらく黙っていた。
俺の言葉の端々から、何かを読み取っているのだろう。
本当に正しいのかを。
俯いていた頭が、さっと持ち上がる。
俺の目をじっと見つめ…
少女「…………」
少女「いい目をしてますね」
そう言って、初めて笑った。
俺「あ……」
少女「で、あるのなら、最早私から言う事はありません」
少女「…では、足掻いてみてください、“この世界”で」
少女「例え、これからひどい困難が待ち受けていたとしても…
決して諦めないで下さい」
少女「時には逃げ出したくなるような現実がやってきても…
立ち向かって下さい」
少女「そして──」
少女「絶対に無理だと思っていることでも…
何か手があるはずと…
闇に向かって手を差し伸ばして下さい」
俺は今やっと気が付いた。
どうして、突然言葉遣いが敬語になってしまったのかを。
この少女。
体は本当に幼児ぐらいの大きさなのに、
こんなに安心させる包容力と、温かさを感じるのだ。
俺「……え?それは一体?」
少女「明日…
あなたは“この世界”の隙間を覗くことが出来ます」
少女「ただ、覗くも覗かないも…あなた次第」
少女「あとで見なければよかったと…
知らなければよかったと、思うかもしれません」
少女「もしかしたら、その転機を逃してしまうかもしれません」
少女「それでも……私はあなたを信じてます」
少女「抗えば……開けてくるはずですよ」
俺「……?」
何を言ってるんだろう……。
世界の隙間って?
少女「…………」
少女「最後に一つだけ」
少女「死んだ後の、魂って、どこに行くんだと思います?」
俺「………………………………え?」
>>169 この質問の答え如何によって
俺」の性格が決定され魔王バラモスを倒しに行くんだなそうだろ?
色々言ってるが続きが気になるからそのまま続けてくだせぇ
???
少女「あなたに幸あらんことを──」
少女が最後にそう告げると、
今いるこの空間が、自分たちが、一瞬で崩れ落ちていった。
まだ聞きたいことがあるのに!!
何だよ、世界の隙間って!!!
問いかけようと欲しても、
すでに口は無く。
ああ、
そういえば……
夢を見てたんだっけ…。
と、
意識は闇の中へ沈んでいった。
………………。
…………。
……。
ピピピピピ
ん?
ピピピピピ
俺「…あ、……朝か……」
目覚まし時計で時刻を確認する。
五時半。
いつも通り………なんだが、
俺「なんだ……この脱力感は……」
何か大切な夢を見ていた気がする…。
寸前までは覚えていたと思ったんだが……。
俺「一体…なんなんだ??」
まあいいか……少し経てば思い出すだろう。
今日は休日。
久しぶりの休みを十二分に満喫しよう。
俺「……妹にどんどんアプローチしてくぞ!」
……って。
俺「…あれ?」
昨夜までは、
心の中に深い靄がかかっていたというのに。
妹との接し方に悩んで、罪の意識を再確認したはず…。
それで、ひどく落ち込んでるうちに寝てしまった…。
それなのに。
俺「……気分最高…。今日は何でも出来る気がする…」
脱力感はあるものの、何故か清々しい一日だった。
俺「……まあ、いいか」
いつもの如く、飯の支度にとりかかった。
……………。
【1st Day】
……………。
俺「うし……」
朝食の用意をし終え、
テーブルに食器を並べているところ…
妹「……………」
俺「………あ」
いつもより早く、妹が降りてきた。
俺「お、おはよう」
昨日のことをまだ鮮明に覚えているせいか、
少々、どもってしまったのは致し方ない。
しかし──
今日はいつもと違ったんだ。
妹「………おはよ…(ボソッ)」
俺「………ふぇ?」
何年ぶりの挨拶だろうか。
妹「……お…おはようぐらいは…
言わないと駄目…だなって…」
俺「…………あ、ああ」
ただ単に、朝の挨拶をされただけなのに…
……何でだろう。
胸に込み上げるものがあって、何も言えなかった。
妹「…………なに…?(///)」
俺「ええ……?」
俺「……あっ!ああ、お、おはよう!」
気を緩めれば、何か男泣きしちゃいそうで。
こんなことで一々泣いてたら、妹も困っちゃいそうで。
とりあえず慌てて返答をする。
すると──
日付wwwww
エロゲのシナリオライターでも目指してんのかwww
早く書けやカス
妹「さ……さっき聞いたから……別に二回言わなくても……」
小さい声だったけど、確かにそう聞こえた。
俺「そ、そうだよな!!兄ちゃん、駄目だな!
二回言ったら……
もう一回返事してもらえるとか思っちゃ駄目だよな!!」
ついつい本音が漏れちゃって、
言ってから後で後悔する……。
また、やっちゃったな、っと。
でも──
やっぱり今日は何かが違った。
妹「…………う…」
妹「……うぅ………おはよ……」
恥ずかしそうに、妹がそう言った。
その瞬間…
何かがサーッと俺の胸を洗い流す。
あ、もうダメ……。
ダンッ
俺「…ち、ちょっ……と待ってろ…。
兄ちゃん、顔洗ってないの思い出したわ!」
急いで洗面所へ向かう。
見せられない。
こんな姿は見せられない。
たかが挨拶ぐらいで…
ただが会話が続いたぐらいで…
声を出して泣きそうだ、
なんて…そんな姿……妹には見せられないさ…。
……………。
嬉しかった。
それは涙が出てしまうほど、嗚咽が漏れてしまうほど、
本当に嬉しかったんだ。
今日と昨日までの妹の心情に、
どんな変化があったのかは全く分からない。
ただ、ほんの少しだけ…
心を開いてくれたのは事実だと思う。
開きかかった心の扉。
今を逃したら、二度と開くことはないかもしれない。
閉じるときは一瞬だ。
何も出来ずに、
ただそれを見つめるだけで、
俺の願いは…即座に潰える。
だからこそ、この時を逃すわけにはいかない。
もう一度、二人が手を取る世界を見るために。
姉さん俺はやるよ。
……………。
会話は無かったが、
少しだけいつもより温かい食卓だった。
互いに何故か気恥ずかしくて、
“無機質”だった妹の表情も…
少しだけ赤みを帯びていた気がする。
昨日に比べると、格段の進歩だ。
ダイエット云々は大丈夫なのだろうか…とも思ったが、
それは選択しなくて良かったみたい。
朝食を取り終え、妹は現在、自分の部屋にいる。
外出の予定はないみたいだ。
食器を洗いながら、
俺は今日という休日をどのように使うのか考えた。
ジャー…シャカシャカ…
俺「……このチャンス……逃すわけにはいかないな…」
最早理由なんてどうでもいい。
だだそこに好機なるものが落ちていて、
俺はそれを逃すまいと必死になる。
ジャー……キュ……キュ………
蛇口をしめる。
俺「………久しぶりに…
…遊びでも誘ってみるかな?」
少し大胆な決断。
昨日までの俺なら、明らかに選ばない選択肢だ。
何たって今日は、何かが違うんだから。
もしかしたら……。
そんな期待を胸に、妹の部屋に向かった。
……………。
……………。
俺「……ハアーーー」
俺「ふぅーー……」
部屋の前で、大きく深呼吸をする。
よし、いつでもOKだ…。
コンコン
俺「……お、おれだけど…入って良いか…」
妹「ひゃ?!」
素っ頓狂な声が中から聞こえる。
思えば、日中俺が妹の部屋を訪れることは殆ど無かった。
そう考えると…昔の俺は口だけで、完全に受け身だったんだな…
と気付かされる。
よし。今日ならやれる。
俺「いいか?」
妹「……えぇ、と、は、はい」
たじたじに返事をする妹を想像すると、
昔と全然変わってないなって、少し嬉しくなった。
…昨日までなんで気付けなかったんだ…。
ん……止めよう。反省は後でも幾らでも出来る。
今はこの瞬間に賭けるだけ。
…ガチャ……キーー……
扉をゆっくりと開く。
夜に入った、真っ暗な闇じゃない、
とても明るい部屋が視界に入った。
それは今の俺の心情を表すかのように。
俺「……ちょっと話があるんだけど、いいか?」
高鳴る鼓動。
妹「………あ、うん」
もう迷わない。
俺「……あのさ、今日──」
椅子に腰掛けた妹の、
少し恥ずかしそうに俯いている姿を見ただけで…
俺「一緒に……遊びにでもいかないか?」
断られるかもしれないって恐怖なんて、
どっかにいっちゃったんだ。
でも──
妹「……………ごめん……」
…………そう、うまくはいかないなあ……。
俺「い、いや……そういうことならいいんだ」
妹「……………」
俺「ちょっと焦りすぎちゃった、わるい。
みっともないとこ見せたわ…」
妹「……………」
妹の沈黙がイタくて……
やっぱりこの選択は間違いだったんじゃないかと…
一瞬後悔した。
椅子に座っている彼女の手が…
ぎゅっと自らのスカートを握りしめているのを見るまでは──
それは必死に何かを耐えるように。
だから…
まだこの状況は次の一歩に繋がると思ったんだ。
俺「……………妹」
そっと一言。
俯いていた少女が、その顔を上げた。
俺「……兄ちゃん、次の機会を楽しみにしてる…」
捲[まく]し立てるのではなく、
目一杯の本当の気持ちを込めて。
俺「…俺、諦めないよ」
妹「…………」
妹「…………兄さん」
何かを訴えるように、妹は呟く。
ただ、それには返事をしない。
俺「ん、じゃあな」
ドアノブに手をかけ、
思い出したように振り返り…
俺「それと…」
俺「俺は下にいるから…
暇があったらいつでも呼んでくれ。
暇つぶし程度になるぐらいは、頑張るぞ!」
妹「……………う、うん」
俺「ん、じゃ本当に退散」
そう言って俺は妹の部屋から出る。
ガチャ………
出た瞬間、大量の不安の波が、押し押せてきた。
もう我慢は出来ないみたい…。
俺「……………うわぁ……死ぬかと思った…ぞ…」
大丈夫だっただろうか…?
良かったよな…。
あれで良かったよな…。
もしかして失敗してないよなあ…。
考えれば考えるほど、どつぼに嵌る。
ただ、何とか次に繋がったはずだ。
あとは彼女が動いてくれるのを待つだけ。
俺「……来てくれるかな」
この後は、下のリビングで時間をただただ潰す。
妹が、ふと、思い立ってくれれば…。
………大丈夫さ。
きっと想いは伝わるはず。
自分でそう、信じ込ませようとしながら、
リビングへの階段を、
一段一段、降りていった。
……。
…………。
………………。
妹「もうお兄ちゃんなんて大っ嫌い!」
俺「な!?」
俺「……そこまで言う必要ないだろ……」
俺「…そ、それなら俺だって妹ともう口聞かないよ!」
妹「…うぅ…」
妹「お兄ちゃんが悪いのに…」
俺「…………だって…」
俺「…アイスなんて別にまた食べれるだろ?」
妹「…違うもん。あれが食べたかったんだもん…」
俺「だったらさ、
きちんと分かるように名前でも書いといてくれよ…」
妹「きちんと確認してから食べるべき……」
俺「……まあ、そうだけどさ」
妹「お兄ちゃんは人のものそうやって勝手に食べちゃうんだ…」
俺「それについては悪かったよ…」
妹「……ひどい……」
………………。
そういえばそんな些細なことで喧嘩したこともあったっけ…。
確か冷凍庫にあった最後のアイスを、
その日は特に暑かったから確認せずに食べちゃったんだよな。
案の定、妹が大事に取ってあったもので、
随分逆鱗に触れちゃった。
すぐに俺が悪いなと思って謝ったんだけど、
妹はまだまだ怒り心頭で。
大嫌いって言葉に……ムキになったのを今でも覚えている。
いつもは俺の背中を必死についてくる妹が、
何故だかひどく離れちゃう気がしたんだ。
だから──
………………。
俺「……………」
俺「………もういいだろ……」
妹「……え?」
俺「たかがアイスぐらいで……(ボソッ)」
妹「!?」
俺「あ……」
………………。
小さく心の中で呟いたつもりだったんだ。
たかがアイスぐらいで……
なんで『大嫌い』なんて言われなくちゃいけないんだよ…。
だけどそれを妹に聞かれてしまって…。
………………。
妹「お兄ちゃんのバカァ!!」
俺「な」
妹「もういい!
もうお兄ちゃんなんかと口なんか聞かないもん!」
俺「な、なんだよ、それ!」
妹「ふん。知らない」
俺「……別に、妹なんかと話ししなくたって俺はいいもんね」
妹「………」
妹「………う」
妹「………お兄ちゃんが悪いのにぃ……」
妹「……うぅ、…ひっく…ひ、うぅ…」
俺「……お…」
俺「な、泣くなよ……」
妹「…う、うぅ…ひっ…な、泣いてないもん…うぅ」
母「……ちょっとアンタ達どうしたの?」
………………。
妹に泣かれた時に後悔した。
なんであんなこと言っちゃったんだろうって。
でも気付いた時には手遅れで。
………………。
妹「何でもない!もういいもん!」
タッタッタッタッタッ
俺「お、おい!…」
母「ちょっ、ちょっと待ちなさい!」
………………。
そうとだけ言って、
すぐさま駆け出していっちゃったんだ。
伸ばした掌は届かずに
無様にも宙を切るだけだった。
その後、何だか気まずい時間が流れて。
妹もまだ怒っているみたいで。
俺から話かけるのを躊躇っていて。
そんなジレンマが続いた時、
姉さんが俺の部屋にやってきた。
………………。
ガチャ
俺「あ……」
姉「……入るわよ」
俺「………入ってから言っても意味無いよ」
姉「確かに」
姉「ふふっ、それは的を得てるわね」
俺「なんか『的を射る』らしいよ、それ。
こないだ学校で聞いた」
姉「そうなの?」
俺「いや、実はどっちなのか俺も分かんない」
姉「ふーん」
姉「ま、伝われば別にいいのよ。
それに──」
姉「そんなことより、私に何か話す事。
あるんじゃないのかな?」
俺「…………」
俺「………姉さん、俺…」
姉「ん。聞いてしんぜようぞ」
俺「は、なんだよその言葉遣い」
姉「あ、笑ったな!
ちょっとムードを和まそうとしてあげたのに!」
俺「ふ、ごめんごめん」
姉「またーー!!!」
俺「ごめんよ!」
姉「ふん!もう良いからさっさと話しなさい」
俺「あっ、うん」
俺「実は──」
………………。
俺は事の初めから丁寧に説明した。
でも所々…
感情が入ってしまい、うまい説明は出来なったと思う。
だけど姉さんは黙って聞いてくれて、
すごく真剣に向き合ってくれた。
自分が悪いと思ってたのに強がってしまったこと。
『大嫌い』という言葉に初めて怖いと感じてしまったこと。
そして、早く仲直りしたい…それだけなんだ、と。
俺が最後にそう言うと、
しばらく姉さんは考えていて。
突然軽く拳を握って、
俺の頭をちょんと叩いたんだ。
………………。
コンッ
俺「いてっ…」
姉「話は分かった、何か言い訳はある?」
俺「…………」
俺「……ありません…」
俺「……俺が悪かったです…」
姉「よし」
姉「それならまずは合格」
俺「あ、うん」
姉「まあ、俺が悪いわね。
黙って人が楽しみにしてたもの食べちゃって…
それなのにその態度は私でもイラっとくるわ」
俺「……おろおろ」
姉「ふふっ、でも妹の場合…」
姉「それだけじゃないって気がするけどね」
俺「え?どういうこと?」
姉「まだ分かんないのかな~?
いつもの様子見てればすぐに分かると思うけど?」
俺「……???」
姉「あらあら。ほんとに分かんないみたいね。
さぞかし妹も大変ですわ」
姉「妹はねぇ…」
姉「別にアイスを食べられたぐらい…
まあちょっとはイラっと来たと思うけど…
そこまでは怒ってないのよ」
俺「で、でも…大嫌いって」
姉「まあまあ、急かしなさんな」
姉「妹はね、俺に甘えてるの。
『私はこんなに怒ってるんですよ』って伝えたいの」
………………。
確かにそれは、
俺が姉さんに対してよくやることで。
となると、
俺が姉さんを想ってるように…
妹が俺のことを大切に想っていることに繋がって…
ひどく恥ずかしくて、嬉しくて…
なんだか不思議な気持ちになっちゃったんだ。
でもすぐに気分は悲しくなって。
自分がひどいこと言っちゃったんだって、気付かされた。
………………。
姉「…俺」
姉「……俺は、妹の何だと思う?」
俺「え?」
俺「俺が妹にとって何かってこと?」
姉「そう。
妹にとっての俺」
俺「………うーん」
俺「分かんない」
姉「『お兄ちゃん』なんだよ」
姉「大好きで甘えられる、
たった一人の『妹だけのお兄ちゃん』」
姉「だから、その後は言わないでもわかるよね?」
………………。
…………。
……。
あ。
知らないうちに眠ってしまったようだ。
俺「……『お兄ちゃん』か……」
目を覚ますと、俺はリビングのソファーで横になっていた。
結局あの後、妹とはすぐに仲直りしたんだけど…
横になっていた俺に、
一枚のおしゃれなタオルケットが掛けられていた。
これはつまり……。
仄かに香るいい匂いからも……。
俺「……って、俺は変態か…」
慌てて突っ込んだものの、
口に出してしまった事実は変わらなかった。
シャッーシャシャー……
何か料理をする音がする。
ふと台所に目を向けると…
そこには──
妹「………あっ、起きたんだ…」
エプロンを付けて料理をする、妹の姿があった。
俺「え?え?」
姉さんが死んで、母さんが入院して、
父さんが家を出なくちゃいけなくて…
必然的に家事などの役割分担を二人で決めた。
俺は三食の飯を作り、妹は洗濯と掃除。
他の諸々は、気付いた方が率先してやるってことに。
だから、妹が台所に立ってる姿は、
ひどく珍しかった。
俺「…それ、俺の仕事じゃ…」
妹「…………」
妹「降りてきたら兄さんが寝てたから……
…起こしちゃ悪いかなって……」
俺「で、でも料理は…」
何度目だよ
しつかり完結させてくれよ
妹「久しぶりに作ってみようかな……と」
俺「あ」
妹「………う」
俺「ありがとう」
妹「べ、べつに…」
妹「兄さんのためにしたわけじゃないもん……」
そう言いながら照れてる姿は、
やっぱり前より一歩前進しているようで。
さっきのやり取りが、無駄じゃなかったってことか…。
少しずつ…。
少しずつだけど…。
妹も変わってきてるのかもしれない…。
……………。
俺「……もぐもぐ……」
妹「…………」
妹「………………」
妹「………ど、どう……?」
俺「あ、いや……その……」
妹「…え?……やっぱマズかった?」
俺「ええとさ……」
俺「ここは……やっぱり……
お約束じゃなきゃいけないと思ったんだ…」
妹「?」
>>1 ごめん確実に壷だわ
なんでIDがちょくちょく変わるのかエロい人教えてくだし
俺「いや、だからその……お約束…」
妹「…………」
妹「…………どういう…?」
俺「い、いや……」
俺「……普通に……おいしんだ…」
妹「…………」
妹「…………まあ、当然かな…(///)」
俺「ははっ」
妹「…………」
妹「……何笑ってるの……」
俺「………すみません」
……………。
俺「うし、ごちそうさま!」
俺「正直に言ってうまかった!!」
妹「……ん、ご、ごちそうさま…」
食事後の挨拶も自然としてくれるようになった。
やっぱり、思い切って行動してみて良かったと思う。
時には…
感情のまま動いてみるのもいいのかもしれない…。
それで今まで苦労はしてきたけど、
本気の想いを伝えるためには…それしか方法がないのかも。
でも今は…
やっぱり待つべきタイミングだと思ったんだ。
妹「…………」
妹「…………………」
妹「………ねぇ、兄さん………」
そう思った矢先、
妹が確かにそう言った。
俺「…………」
妹「……………今日の夜…」
今日の夜。
妹「………大事な話がしたいんだ……」
大事な話。
一体…………何だろうか。
だから俺は問う。
俺「…………」
俺「………それは今すぐに出来ない話なのか…」
妹「……うん」
俺「……それは本当に大事な話なのか…」
妹「…うん」
俺「それは…」
俺「…二人が疎遠になった、理由なのか」
妹「……………」
妹「…そうです」
ついに来た…。
その時がついにやって来た…。
の時がついにやって来た…。
今まで彼女が俺を避け続けてきた理由。
常に二人の間にあった壁のワケ。
俺「…そうか」
俺「なら、今は無理に聞かない…」
妹「……………」
俺「お前が好きな時に、好きな場所で」
俺「別に無理して今日じゃなくてもいいんだぞ…?」
本当は今直ぐにでも問いつめたかった…。
でも今は…
唇を噛み締めてただ待つ時なんだ。
焦ってはいけない。
焦らなければ妹は逃げない。
そうすれば、何時の日かきっと…。
妹「……ううん」
妹「……今日じゃないと……」
妹「また次は……かなり時間がかかっちゃうと思うし……」
だけど妹は、決意したみたいだった。
だったら──
俺「……よし、今日の夜、兄さん楽しみにしてる」
俺「それが…」
どんな理由であれ、ね……。
妹「…ありがとう」
そうとだけ言って、俺達は黙った。
外は何時の日のように、
雲一つない、快晴。
……………。
姉さん。
またこの世界は動き出しました。
それが辛い未来でも、
苦しい未来でも、
俺は覚悟を決めようと思います。
どちらに転んでも、
次に進めることは間違いないから。
兎に角、頑張ります。
……………。
妹「あ……そうだ」
俺「ん?」
昼食を食った後、二人で静かに食器を洗っていた。
妹「……兄さんに……これ」
俺「?」
彼女が右ポケットから何かを取り出す。
それは──
俺「“鍵”?」
変哲も無い、ただの鍵が、
彼女の掌の上にあった。
これは一体……?
そう問いかける前に、妹が言った。
妹「…これね……」
妹「……部屋を整理してた時に…
姉さんの机から出てきたんだ…」
姉さんの机??
妹「姉さんが死んだ時、やっぱり思い出が強過ぎるからって
荷物を整理して倉庫にいれたんだ…」
……倉庫に入れたなんて初めて聞いた。
いや、忘れてるだけなのかもしれない。
妹「その時に出てきたのが、この鍵…。
何か大切なものなんじゃないかな?…って思って…」
何か“鍵”に引っかかるものがあった。
ん…?
どこかで見た事がある…?
俺「ちょっと待ってくれ…」
思い出せ思い出せ…。
俺はこの鍵をどこで見た?
姉さんの部屋……違う。
家……違う。
外………学校………
あ!!
俺「それうちの学校の鍵だ!」
妹「え?」
確かにそうだ。
何も変哲もない鍵だが、
持つところの場所が少しだけ特殊なんだ。
でも──
俺「どうして学校の鍵なんて…
姉さんは持ってたんだろう……」
急いで学校に確認の連絡を入れると…
思った通り、数年前に一つの鍵が紛失したらしい。
担任『………なんか屋上の鍵みたいです』
俺『屋上?』
担任『先生は新任なんで…その辺りはよく分からないんですが』
俺『でも先生、今って屋上行けませんでしたよね?』
担任『あ、そうです。
でも数年前までは一部の生徒に解放していたそうですよ』
俺『一部の生徒……』
担任『ただ、その屋上の鍵が紛失したこともあって…
その機会に閉鎖しようか、ということになったそうです』
担任『全部教頭先生に聞いた話ですから、信憑性は高いかと』
俺『…………』
担任『それで、その鍵がどうしたんですか?』
俺『あ!その、死んだ姉の机から見つかりまして…』
担任『…お姉さんの机から?』
俺『はい。それで確認の電話を…』
担任『…そういうこともあるんですね。
では、明後日学校に是非持ってきてくれれば──』
俺『いえ!今から直ぐに持ってきますよ!』
担任『え…と、別にそんなに急がなくてもいいんですよ?
本当に屋上の鍵なのか、まだ分かりませんし』
俺『いや…なんだか、気になることがありまして…』
担任『………分かりました。
じゃあ、先生は職員室で待ってます』
俺『あ、ありがとうございます』
担任『いいえ、お礼を言わなくちゃいけないのはこちらの方。
気をつけてきて下さいね』
俺『はい、また』
担任『では』
ツー……ツー……
……………。
……………。
リビング。
俺「ちょっと学校に行ってくる…」
妹「……やっぱり学校の鍵だった…の…?」
俺「あ、うん。屋上の鍵みたい」
妹「……ふーん…」
俺「ん、じゃあ、もう暗くなりそうだし、
すぐに出るわ」
妹「あ、そう…なんだ…」
妹「…………」
妹「………兄さん」
心配そうに妹が俺のことを呼ぶ。
だから──
俺「………おう、分かってる」
俺「今日の夜な…。楽しみにしてるよ…」
彼女が欲しかった言葉を。
今すぐにでも聞きたい気持ちを押さえつけて。
妹「あ、うん…」
俺「じゃあ、行ってくるわ」
ガチャン
……………。
妹「……………」
妹「……………」
妹「……………」
妹「……………兄さん」
妹「………違うんだよ…兄さん」
妹「……そういうことじゃないんだ」
妹「……………」
妹「『もう二人だけなんだから…気をつけてね』」
妹「……なんで、その一言が言えないんだろ私…」
妹「いって…らっしゃい…」
……………。
……………。
俺は駅に向かいながら、
この鍵について色々考えていた。
今になって突然出てきた姉の所持品。
俺「……いや、今出てきたというのは語弊があるな」
あれはずっと今まで、妹が保管していたのだろう。
しかし、今にきて、何故それが…。
俺「妹との仲が修復されてきたからに他ならないが…」
何か不自然に思ってしまうのは俺だけなのだろうか…。
朝からの脱力感。
何かしら“いつも”と違う一日。
空を見ると、
青空が徐々に紅く染まりつつあった。
雲一つない空??
俺「いやいや……俺は何を言ってるんだ…」
そんなこと自然の現象じゃないか。
どうやら頭が難しく考え過ぎなのかもしれない。
俺「基本……馬鹿だからな…」
馬鹿が頭を使うとロクなことがないな。
そう思って、少し自嘲した。
──と、
俺「あ…」
俺は不意に足を止めた。
俺「……………」
あの時の場所……。
姉さんが死んだ……あの場所……。
そこに近づきつつあった。
俺「……いつもこの道は避けていたんだよな」
登下校に際し、
俺はこの道を通るのを止めていた。
何度でも繰り返す…
姉さんが死んだ日の記憶。
もし…あの場所にいったら、
自分がどうなるのか全く想像がつかなかった。
それ故、少し遠回りではあったが、
別の横道から駅に向かうのが──
──“常”だった
俺「………………」
なんだ…?
何か……頭が……
うぅ……
ザザー
……。
…………。
………………。
??『明日…
あなたは“この世界”の隙間を覗くことが出来ます』
??『ただ、覗くも覗かないも…あなた次第』
??『あとで見なければよかったと…
知らなければよかったと、思うかもしれません』
??『もしかしたら、その転機を逃してしまうかもしれません』
??『それでも……私はあなたを信じてます』
??『抗えば……開けてくるはず──
………………。
…………。
……。
ザザー
…………な、何だ。
何だコレは。
失ってた過去なのか…?
くそっ、頭がイタい…。
俺「………ッ」
『抗えば開けてくる』
俺「…………」
俺「分かったよ…」
俺「俺は………選ばないといけないのか……」
昨日から今日までの記憶が、一気に頭の中を過る。
懐かしい過去を見、もう一度自分の罪を再確認した。
妹との心の隔たりを感じながらも、それに必死に喰らいついた。
結果……世界は変わっている。
あんなに拒絶していた妹も…
今では少しずつ打ち解け始めている。
何が不満だ…?
このままで良いじゃないか。
何を迷う必要がある。
今日は夜に妹の本心を聞くんじゃないのか。
──『それでも……私はあなたを信じてます』
俺「…………」
俺「……だったら」
俺「……真実とやらを、見に行ってやるよ」
俺「あるんだろ……この先に……」
気が付けば…
頭痛はもうしない。
記憶の断片も取り戻した。
そして、少女が最後に言った言葉を、
思い出す。
少女『■んだ後の、■って、どこに行くんだと思います?』
俺「…………」
俺「…………ふ」
俺「……俺も本当に馬鹿だなあ…」
俺「…………………」
俺「……………じゃあ、抗ってやる」
俺「……………“世界の隙間”を見るために」
……………。
パキンッ
妹「きゃっ…」
妹「……………」
妹「…あーあ……皿割っちゃった」
妹「久しぶりに食器の片付けなんかするからなあ…」
妹「…………?」
妹「……あれ……?」
妹「………………」
妹「………………兄さん……?」
……………。
俺は逃げ出そうとしていた、大通りへ向かっていく。
三年前から、この道を通った事は無い。
たくさんの車の数。
立ち並ぶ店。
あの頃と少しも変わっていない。
いや──
変わらないはずがないじゃないか。
俺は姉さんが死んだ場所に辿りつく。
小さなゲームショップの前に。
俺「………何も起こらない…」
当然だ、起こるはずもない。
俺はあの日の入り口が陥没したゲーム店を思い浮かべながら、
そちらへ目を向けた。
俺「……………」
え?
俺「『スーパー 30』??」
あの頃の店は、どこにも見当たらなかった。
俺「……潰れたのか、あの店」
そうだ、変わらないわけがないんだ。
三年前の記憶だぞ。
店が一軒や二軒、潰れてても不思議じゃない。
そうか。
変わるんだ。
この世界は、日々、変わっていくんだ。
俺は過去に囚われて──
その本質を見失っていたのか。
俺「……………あっけないな」
俺は腕時計を見る。
ん?
俺「……午前、五時、三十分……」
ごぜん……?
ピーッピーッピーッピーッピーッ
……………。
……………。
学校に着いた。
急いで職員室に向かう。
……………。
……………。
担任「おい!俺、こっちだ!」
俺「あ、先生、遅れました」
担任「構わん構わん、休日に悪かったな」
バンバン
そういって担任は俺の肩を叩く。
俺「ちょっ…先生、イタいイタい!」
担任「ハハ、悪い悪い。
いつもみんなに怒られるんだ」
クラスで…
筋肉馬鹿って呼ばれてる理由が分かってきた…。
担任「よし、だったら早く行ってこい!」
俺「え?あの鍵を返しに……」
担任「いや…学校にあるスペアを持ち出したのは…
お前じゃなかったみたいだ」
俺「じゃあ……俺ここに来た意味なし……?」
担任「まあ、そうだが…
ここに来たことは無駄じゃないと思うぞ」
俺「?」
何を言ってるんだ…?
せっかくスペアの鍵がないからといって、
急いで学校に来たのに…。
後悔しない?何を?
担任「とりあえず、屋上に行ってこい!」
……………。
俺「意味が分からん……」
俺は愚痴を零しながら、屋上へと向かっていた。
一段一段階段を上がる。
しかし、何なんだ一体……。
有無を言わせず屋上に向かわせるとは…
どんな神経してるんだ…。
俺「………あーあ…」
担任はあんな筋肉馬鹿じゃなくて、
若い綺麗な、女の先生が良かったぜ…。
俺「………ん?」
何か頭のすみに引っかかるものがあった。
……まあいいか。
気が付くと、目の前には屋上への扉。
後は開くだけだ。
キーーッ………
錆び付いた鉄が唸る音がする。
サアーーーーーー…
瞬間、冷たい風邪が吹き込む。
俺「……………おっ…」
思わず声を漏らす。
──夕焼け空が本当に美しい
雲の間から漏れる光。
隣接する空。
それら全てが融合し、
この世のものとは思えないほどの、神秘的な美しさだった。
そして──
長髪の、見るからに凛々しい女性が一人、
そこに立っていたんだ。
……………。
あ、
あああ、
ああああああ。
……………。
心が震える。
何故だろう、理由は分からない。
でも……こんなにも懐かしくて、嬉しいのは…
俺「………姉さん」
雲に隠れていた太陽が顔を出す。
辺りに光が──
──散った。
俺は姉さんへと歩いてく。
姉「ふふ………久しぶりね」
風によって黒髪が靡く。
俺「何だよ姉さん、昨日だって一緒に家で会ったじゃないか?」
姉「いや、それでも…ね」
そういって姉さんは背を向ける。
姉「……………」
姉「どう、“この世界”も美しいでしょ…?」
俺「?」
姉「ほら見て。
あの雲と太陽がまた重なろうとしてる……」
姉「……ほんとうに…綺麗…」
俺「何言ってるんだ…?」
──雲?
──あれ?
俺「姉さん、どうした?
てか、なんでここにいるんだ?」
そういえば、そうだ。
学校を既に卒業したはずの姉さんが…
なんでこんな場所にいるんだろう。
姉「いや、ちょっと昔を思い出してね」
姉「ここが再会の場としてふさわしいんじゃないかと…」
俺「何かよく分からんが、姉さんか?
スペアの鍵持ってったの?」
姉「あれ?……バレた?」
担任が言いたいことが大体分かってきたぞ。
俺「……ふぅ……。
用が済んだなら…一緒に帰るぞ、姉さん」
姉「了解しました!」
敬礼をする姉。
………本当にもう。
俺「返事だけは良いんだから…。
いくよ」
姉「うん、これからよろしくね♪」
…最後まで何言ってんだか。
今日の姉さんはよく分からなかった。
……………。
……………。
少女「……………」
少女「………………」
少女「………そうですか」
少女「…あなたは、やはりその選択をしたんですね…」
少女「さて、これからですよ」
少女「……………」
少女「抗って下さい、“世界”に」
少女「そして」
少女「あなたに幸あらんことを──」
……………。
……………。
帰宅。
俺・姉「ただいまー」
二人揃って声を出す。
父「お!二人とも一緒だったのか」
何故か父さんが初めに出迎える。
いつもは妹が来るのに…。
俺「あれ?父さん、もう帰ってきたの?」
父「何だその言い方……。
父さんが帰ってきちゃ悪いみたいじゃないか…」
俺「いや、だって今日は仕事で忙しいって言ってたから」
父「……まあ、あれだ。
休日に仕事は悲しかったんだ、うん」
姉「なんだ。逃げ出してきたんだ」
おいおい、父さん。
父「ち、違うぞ!」
父「ほ、ほら、母さんがさ、
今日…検査の結果聞きにいったからな!
心配になって帰ってきたんだ!」
んまあ、どっちでもいいけどさ…。
父さんさっき自分で…
『悲しいから帰ってきた』って言ってたじゃん。
トコトコトコ
姉「ほんとー?
ただ家でゆっくりしたかっただけなんじゃないの?」
父「ばっ馬鹿な事を言うな!
一家の主に向かって……なんて娘に育ったんだ…」
姉「そういう娘は、大学でモテモテです♪」
俺「ほらほら、だべってないで早く行こ」
姉「嫉妬してくれないの……シクシク」
父「こ、こら、父さんの話は終わっとらんぞ!」
三人でリビングに向かう。
ガチャ
母「あらあら騒がしいわね」
台所にいる母さん。
俺「……おっ、母さん」
俺「…『人間ドック』の…結果、どうだった?」
俺がそう言うと母さんは、
静かに俯いた。
おい……嘘だろ……
──すると、
母「ジャジャーン!
『健康すぎて無問題』だって!
先生に『若いですね』って言われちゃった(///)」
って…
俺「お、脅かすなよぉー。
一瞬、なんか大変な病気かと思ったじゃん」
母「そんなわけないじゃない!
どんな確率だと思ってんのよー」
──でも何か過ったんだよなあ…
姉「もしかして母さん…」
俺「?!」
そうか、母さん…
隠してるだけなんじゃ…
姉「そのお医者さん、ハンサムだったんでしょ?」
父・俺「な!?」
母「ポッ(///)」
母「花も恥じらう、四十一の乙女になんてことを(///)」
…違う意味でびっくりだった。
父「ゆ、……」
父「ゆるさんぞーーー!!!断固としてゆるさーーーん!!」
……ああ、もううっさいな。
姉「父さんの恋は終わったんだね」
姉さんも助長させないでよ。
父「qあwせdrftgyふじこlp!」
母「お父さん、落ち着いてください!」
姉「(大爆笑)」
あれれ?
妹は……
俺「母さん、妹は?」
母「え?…どっかいった……?
さっきまでそこにいたわよ。
(プギャー by父)……
って…お父さん静かにして下さい!」
ん?
どこだ、どこだ?
妹「……お兄ちゃん…お姉ちゃん…お帰り…」
背後でそう聞こえた。
すぐに後ろを振り向くとそこに妹。
──…兄さん……──
あれ?
今のなんだ?
…まあ、いいか。
俺「おう!ただいま」
妹「…………うん」
何か歯切れが悪いな…。
母「よし、じゃあ夕飯にするわよ!
みんな席に座って頂戴!」
……………。
幸せな日常。
何も変わらなかった世界。
こんな世界がただずっと続けばいいんだ。
家に帰ればみんながいて、
ふざけ合いながらも…これが一番だってみんな気付いてる。
もしも…
もしも家族の誰一人が欠けたら…
この世界はきっとないだろう。
でも、仮定の話なんてしても仕方がない。
…………これからも、
幸せが続きますように。
……………。
夕食後。
俺「母さん」
母「ん……どうしたの?」
俺「ちょっと俺、そこら辺を散歩してくるわ…」
何故かは分からないが、
さきほどから頭がボーッと熱を帯びている感じがする。
少し冬の夜風に当たりたい。
母「…大丈夫?」
母「別に無理には止めないけど
…もう遅いんだから早めに帰ってきなさいね」
俺「おう、了解」
一人では寂しいので、誰か誘いたいな…。
リビングを見渡す。
姉さんは………あれ?部屋に戻ったのかな?
お、妹がソファーにいる。
俺「妹」
妹「……………ぅんん?」
少し眠りかけだったようだ。
悪いことをしたな…。
俺「ちょっと兄ちゃん、外を散歩してくるつもりなんだけど、
一緒に行かないか?」
妹「…………」
妹「………ごめん、止めとく…」
あれ?
断られた…。
いつもなら二つ返事で誘いに乗るのに…。
もしかして──
アレか…
俺「……ムーン…」
妹「?」
俺「…………」
妹「…………」
俺「い、いや何でもない…」
妹「…そ、そう……じゃあ、いってらっしゃい…」
俺「……お、おう」
余計なこと言わなきゃ良かった…。
……………。
……………。
トコトコトコ
一人で悲しく夜道を歩く。
たまには…
こういう日があってもいいのかもしれない。
別に強がってるわけじゃないぞ…。
寂しくなんて…ないもん…。
俺「……やべ……我ながらキモイぜ…」
素早く突っ込みを入れたが、
寒さは変わらなかった。
俺「……んーん、しかし今日はなんか変だ…」
さっきから頭に色んなことが過る。
それらの大半は俺にとってよく分からないものばかりで。
時には、一瞬言葉が流れ、
直感的に不自然さを感じたり、
『ちょっとした異常』だけでは済まされないような、
そんな予感もする。
俺「………しかし、そうは言っても…」
すべきようも無いしなあ。
問題はそこだった。
何かしら意図的な予感か直感があるのだとしたら、
ここまで漠然としたものじゃなくて…
具体的に浮かべってもんだ。
あまりにも不親切。
俺「……んま、明日には元に戻るだろ…」
そうとだけ言って、
思考を切り替える。
気が付けば、町内をもう半分回っていた。
俺「お、いつもより早い…」
よく頭の整理が出来ないときなど
夜に散歩をしてリラックスを試みるのだが…
ここまで時間の流れが早いのも珍しい。
それだけ考え込んでたってことか…。
俺「……お?」
足を止める。
隣には公園。
幼少の頃はよくここで遊んだ。
ただ最近は、散歩の時に通り過ぎるだけだ。
この年になって遊ぶわけにもいかないしな。
駅と逆方向にあり…
それも少しばかり影響してるのかもしれない。
そして今日も…
いつものように横を通り過ぎるつもりだった。
が──
ちょっと気になったことが、
俺「……………」
俺「………こんな時間に…女の子……?」
一人の少女が、
ブランコの椅子に座っていたんだ。
こちらをじっと見つめながら。
俺「……………」
俺「…………おいおい」
俺「……なんか怖いぞ…」
しかし、それを無視するわけにもいかず。
俺は久しぶりに公園の内部に入る。
見渡すと何一つ変わったものはない。
あの頃のままの状態で残っていた。
俺は少女に語りかけた。
俺「おい君……こんな時間に何やってるんだ?
早く帰んないと、親が心配すんぞ?」
出てきた言葉は、
ひどくありがちなもので。
少女「…………」
少女「………………?」
不思議そうに少女は頭を傾げる。
うお、ちょっと可愛いぜ。
ロリコンでもないのに……少し変な気分になった。
いやいや、待てよ俺。
俺「いや……だから、もうこんな時間だぞ?」
俺「子供は早く家に帰んないと……って、
もしかして何か事情があるのか!?」
親に虐待されてるとか…
家に入れないとか……エトセトラエトセトラ…
しかし少女はそれを否定するように、
首を横に振る。
少女「…………ええと、」
少女「言ってる意味の大半が分かりませんが…」
少女「事情ならあります」
何だろう…。
俺は少女の言葉を待つ。
少女「あなたをここで待ってたんです」
え?
俺「え?」
心とシンクロしてしまった…。
新手のナンパか…と、待て。
こんな小さい子では俺でも手が出せんぞ…。
俺「えっと…近所の子?
それとも親戚の子かな…?」
少女「………いいえ違います」
俺「…………」
少女「…………」
もしかして俺……
からかわれてる?
俺「よく分かんないけど…早く家に帰んな。
…みんな心配してると思うしさ」
少女「……………」
少女「……続けます」
少女「……………」
少女「あなたは開きましたね──」
少女「──“この世界”を」
俺「おいおい、からかうのは止めてくれ」
少女「……………何故」
少女「何故……あなたが、
記憶を失ったふりをしているのかは問いません」
少女「ただし、私は事実だけを伝えます」
少女「……………」
少女「世界が開いている時間は……」
少女「…無限ではありませんよ」
?
何を言ってるんだこの子は…。
記憶を俺が失ってるふりだって?
世界を開いたって?
時間が有限だって?
電波的なことばかり……頭がおかしいのか?
俺「……………」
とりあえず、続きを聞く事にした。
内心は腹が立っていたのに、何でだろう…。
少女「…………」
少女「もし、あなたが以前と同じ気持ちなら」
少女「早めに行動したほうが、良いと思います」
少女「“この世界”は…
あなたを中心に廻ってはいません」
少女「それが指し示すことは、
今のあなただって気付いているはず」
俺「……………」
俺「……………えっと」
俺「…なんだって?」
全く理解出来なかった。
少女「逃げたんですか?」
少女は少し怒ってるようだった。
少女「あなたは私に言いました」
少女「『“この世界”を怨むことは出来ない』と」
少女「『ただがむしゃらに今を頑張る』と」
少女「だから私は…」
少女「あなたを信じることにしたんです」
少女「それなのに…」
少女「それなのに……あなたは逃げるんですか?」
正直言うと…
“この世界”って言葉が乱用されていて、
何が言いたいのか分からない。
“この世界”を俺が開いて…
“この世界”は俺を中心に廻ってなくて…
“この世界”を怨むことが出来ないと俺が言った?
??
さっぱりだ。
誰か助けてくれ。
俺「…………駄目だ。
全力で理解出来ない」
少女「………?」
俺「もし君の言う事が正しいとして…」
俺「俺は一体何をすべきなんだ?」
俺「君は何を望んでるんだ?」
絶対、馬鹿にされてるだけだと思ったが、
それだけは聞いてみようと思った。
少女「………」
少女「………待って下さい」
少女「少し考えます」
すると少女は俯いた状態になる。
なんだ…これからのネタでも作ってるのか…。
しかし、俺は待った。
少女の目が、嘘を言っているようには見えなかったから
少し付き合おうと思ったんだ。
少女「………あ」
不意に声を漏らす。
少女「もしかして……
…本当に記憶を失ってるんですか?」
俺「記憶?」
少女「いや……でも…」
少女「……そんなはずは無いんです…」
少女「…普通ならそんな異常は有り得ない…」
俺も混乱していたが、
少女はもっと混乱しているようだった。
俺「………分からんが、俺は記憶を失ってるのか?」
少女「…………」
俺を見上げる。
少女「…少し、少し質問に答えて下さい」
俺「お、おう」
少女「昨日は何をしていましたか?」
俺「…昨日?」
俺は昨日のことを思い出す。
俺「いや、いつものように妹と学校にいって、
つまらん授業を受けて、二人で帰ってきて…」
俺「飯食うまでみんなで談笑して…ってそんな感じ」
少女「………」
少女「今朝のことを思い出して下さい」
俺「今朝か…」
確か…
俺「今日は休日だから遅めに起きて…昼までダラダラと」
何か自分で言ってて悲しくなってきたぞ。
少女「その後は?」
俺「学校の担任から電話がかかってきて、屋上の鍵がないと…」
少女「鍵?」
俺「ああ」
俺「俺の学校は特定の許可を受けた生徒のみに…
屋上を解放してて…」
俺「代表が鍵を一つ保管。スペアを学校で保管。
まあマスターはあるけどな」
俺「んで、そのスペアの鍵が無かったんで、
電話がかかってきた」
俺「俺がその代表なんだけど…
『スペアも持ってってないか?』って内容で」
俺「もしかしたら俺が保管しなきゃいけないほうを…
無くした可能性も有り得たんで、暫定として唯一の鍵を
学校へ持ってくことにした」
俺「まあ、結果的には姉さんが犯人だったわけだけど」
俺はこんな幼い子に何を語ってるんだ…。
しかし少女は真剣にそれを聞いていた。
少女「…………」
少女「……おかしいですね」
少女「…何故が辻褄が合うように差し替えられてます…」
少女「…………」
少女「………まさか」
少女の顔が見る見る険しい顔になっていく。
一体どうしたんだ?
すると──
少女「………ッ」
少女「…大体分かりました……ただ、申し訳ないですが」
俺「え?」
少女「もう、説明している時間は無いようです」
少女「こんなとこで待っていたのも……
ズレが生じてる場所であなたが訪れるそうなのは…
『この公園』だけだったからなんです」
俺「それはどういう──」
少女「時間がありません」
少女「なんとか今後接触を試みようとするつもりですが、
これが最後になってしまう可能性もあります」
少女「だから二つだけ」
女「だから二つだけ」
少女「まずは一つ──」
少女「……世界が開いてる時間は、四日間のみ」
少女「それ以降は二度と開くことはありません」
少女「もう一つ──」
少女「“あの世界”からあなたが持って来れたのは、
いつも目にしてきた“数字”だけです」
俺「“数字”?」
少女「はい。それには“力”があります。
ですが、私からそれを教えることはありません。
いいえ、出来ないんです」
少女「それこそ、誰にも干渉できない…
あなただけの“力”の所以。
思い出して下さい」
俺「…ちょっ、ちょっと待て…訳が分からんぞ!」
わり…コピペミスりますた
あと、もうすぐ零時越えそうなんで言っとく
飽くまでも、姉妹スレだからね?
謎解きやっほーい!!!の方は……うぅ……(´ ;ω;`)ブワッ
今夜で完結します
少女「信じれば、きっと向こうから語りかけてくれるはず。
“この世界”の異常は、乃ち“あの世界”の常なんです」
少女「覚えはないですか?
常に目にしてきたはずです」
………………■■■──
……あ
俺「で、でも!」
少女「抗って下さい、世界に」
少女「そして」
彼女から表情が消える。
少女「あなたに幸あらんことを──」
最後に笑顔を見せて──
瞬間、少女は消えた。
文字通り、跡形も無く消えたのだ。
俺「……何だったんだ一体……」
……………。
猶予は四日間?
俺だけの数字………力……
今日の異常に何かしら関連しているのか…?
……………。
そんなことを考えていた矢先、
誰かが俺を呼ぶ声がする。
??「……俺ー!どこーーー!」
この声は…、
俺「姉さん…」
姉「あっ!ここだったんだ!」
俺「あ、ああ、ちょっとな」
姉「てか、どうしたの?
そんな場所に座り込んで……
顔色悪いよ?」
俺「いや、ちょっと懐かしく思ってね…。
この公園、何にも変わってないんだな」
無意識に俺は、少女のことを言うのを躊躇った。
理由は分からない…。
姉「そうねー、懐かしいわね。
ん?…あれ…ブランコ少し揺れてる…」
俺「……え?」
言われた方に目を向けると、
さきほどまでいた少女のブランコが、
ほんの少しだけ揺れていた。
姉「……………」
姉「もしかして……誰かいた?」
俺「ッ?!」
心臓が鷲掴みされるようだった。
どうしよう…どうしよう…。
素直に言えばいいんじゃないか!
あそこにさっきまで少女がいて、
変なこと言って消えちゃったって!
だが、俺は……。
姉「……どうしたの?何で黙ってるの?」
俺「い、いや、俺がさっきまで乗ってたんだ…」
何故かいつも優しい姉の目が…
その時は、ひどく恐ろしかったんだ…。
姉「………そう」
一言そう呟く。
やばい…気付かれたか…。
俺「そ、そういえば、姉さん、どうしたんだよ!
部屋にいたんじゃなかったの?」
話を変える。
姉「ああ、それはね。リビングに降りてって
俺と話ししようかなあって思ってたらいなくて…
それで、母さんに聞いたら『散歩しにいったー』って」
姉「妹には『何で行かなかったの』って聞いても
なんか濁すだけだし…とりあえず、急いで追いかけたわけ」
俺「そ、そうなんだ」
姉「しかし、私には誘わないとか、
…姉さんマジで泣きそうだよ…。最近、俺が冷たいわ…。
遅れてきた反抗期?」
俺「違う違う。部屋に戻ってたから悪いなあ…って」
姉「そんなの気にしなくていいのに……」
姉「でも、やっぱり私だけ誘わないのは納得がいかないッ!
プンプン」
俺「プンプンとか、その年でやっても……」
姉「あ!ひどーい!差別!妹ならいいってわけ?」
俺「…………」
俺「い、いや、そういうわけじゃなくて!」
姉「その間はなんだ、おい」
俺「…す、すみません」
姉「ふん!もう知らない。
姉ちゃん、せっかく俺と散歩しに行こうって思ったのに…
ひどすぎるわ…」
俺「ご、ごめん。
どうしたら許してくれる…?」
姉「……え?!いいの?
…そ、そうだなー」
急に元気になって考え出す姉。
さきほどまでの恐ろしさは既に無くなっていた。
何だったんだろう…。
姉「じゃ、じゃあさ!」
俺「ん?」
思いついたようだ。
そして、姉さんは言った。
姉「明日も休日なんだから…
久しぶりに二人だけで、デートしようよ!」
謎解きやっほ~い!!な方って誰だよ(`Д´)
>>1泣かせるとかふざけんあ!!
……………。
【2nd Day】
……………。
チュンチュン
小鳥の鳴き声が聞こえる。
……………お。
俺「…………朝か」
目を覚ました。
いつものように時間を確認。
俺「…え?」
俺「………五時半とか早過ぎだろ…」
何故か有り得ない時間に起きてしまったようだ…。
こんな時間に起きたことなんて…
今までの人生で一度も無いのでは?
俺「…………」
俺「『早起きは三文の徳』……か…」
二度寝せず、起きる事にした。
たまには、
こういう日があってもいいわな。
……………。
……………。
俺「おはよお……」
まだ頭が完全に起き切ったわけではないが、
リビングにて挨拶。
シーン…
あれ……誰もいない?
母「…あれ…? おはよう?」
おっ、母さんは起きていたようだ。
俺「ういっす……母さん、朝早いね」
母「まあねー。朝は色々忙しいから…
お弁当の用意とかしてると、
すぐに時間経っちゃうわ」
俺「ほー…」
ちょっと主婦業を見直す。
何時位に終わるの?紫煙
母「しかし、俺がこんな時間に起きるとは珍しいわね。
いつもは起こしにいかないとずっと寝てるくせに…」
母「……あ」
そこで母は何かに気付いたようだった。
母「もしかして……
徹夜?」
俺「いやいやいや……ちゃいますよ母さん。
普通に起きただけっすよ…」
母「………ならいいけど」
生活のリズムには人一倍五月蝿いんだよなあ…。
ひやっとしたぜ…。
母「こんな時間に俺が起きるとは、
今日は雪が振ったりして…」
え……雪?
俺「それは勘弁したいな…」
母「ん?なんか今日、用事でもあるの?」
俺「…………」
そうだ、今日は姉さんと外出の約束してたな。
まあ、姉さんなら雪振ってても雨振ってても…
そんな関係ないと思うけど。
俺「姉さんと外出……の予定」
母「へぇー……久しぶりね」
俺「まあ…そんなもんかな。
姉さんが大学入ってから中々時間が合わなかったからね」
母「そうね……確かに忙しそうだったからねぇ。
まあ、今日は楽しんで来なさい」
俺「了解」
……………。
……………。
続々と皆起床し始める。
そして、朝食の時間。
父「やはり、日本人の朝は味噌汁、ごはん、
んで、魚に納豆……これだな」
もぐもぐ
俺「いつも言ってるよねそれ」
姉「もう何千回と聞いたから、そろそろ新しいのを
用意して欲しいところ」
もぐもぐ
父「な、なんだ…昨日からお前ら冷たいぞ…。
もっと父さんを敬え!そして、讃えよ!」
母「馬鹿なこといってないで、さっさと食べて下さい」
父「はい……」
もぐもぐ
妹「………そういえば、お兄ちゃん今日どうするの?」
俺「…ん?俺?」
昨日からよそよそしい妹から、話しかけてくるなんて…
これは仲直りのチャンスなのかもしれない。
あ、でも今日は──
姉「ごめんね……今日俺は私と一緒にデートなんだ」
俺「あっ…」
言われてしまった…。
妹「…………」
妹「……そ、そうなんだ」
妹「……で、デートなんだ……ふーん」
俺「あ、いや、……おろおろ」
いや、なんで俺は否定しようとしているんだ…?
デートだろ?間違いなく、デートだよな?
姉「まあ、デートって言っても少し遊んで、
買い物行くぐらいよ。何なら妹も来る?」
あれ……姉さん?
確か昨日二人だけって?
妹「…………別に」
妹「………今日は……いい」
俺「……ああ」
姉「そうなんだ……じゃあ、二人で行くしかないね」
俺「う、うん」
妹「……………」
でも俺には無理してるように見えたんだ。
本当は行きたいけど…妹の中で何かが引っかかって…。
それは彼女が感じている以上に大きなもので…
無意識の内に断ってしまったんじゃないだろうか…と。
いや、全て推測だから、
断定出来ないのが悲しいところ。
俺「……ほ、本当に来ないの?」
だから念を入れて聞いてみる。
少しでも妹が答え易い問いかけをして。
けど──
妹「ううん。お姉ちゃんと楽しんできて」
そう笑顔で断られてしまったら、
なす術はないじゃないか…。
姉「……………」
もぐもぐ
食卓に静寂が訪れる。
何故か気まずい雰囲気。
それを皆感じ取っているようで、
誰も言葉を発しなかった。
もぐもぐ
父「……お、おかわり」
母「自分で入れて下さい」
父「くすん」
父さん……。
……………。
……………。
昨日俺は、一人の少女に出会った。
とても幼くて、黒くて短い髪がとても美しい、
白いワンピースを着た少女。
ただその幼さには似合わない言葉遣いに、
少し威圧されたのは…
後で考えると本当に恥ずかしいことだった。
彼女は言う。
“この世界”が開いてる猶予は四日間だと。
彼女は言う。
俺はこの世界に“力”を持っていると。
彼女は言う。
早めに行動に移しなさいと。
全ては曖昧で、
あまりにも現実味を帯びていない。
他の人間に話したらどう反応することだろう。
『頭おかしい子だったんじゃないの?』
『そんな奴、無視しとけよ』
だけど、俺は見てしまったんだ。
彼女が一瞬で、消える姿を。
あれを見て尚、彼女の言ってる事を無視する訳にはいかない。
いや、信じなければ、聞いておかなければ…
いけない気がするのだ。
もう一度会いたいな…。
純粋にそう思う。
だからこそ、今は少女が言ったことを、肝に命じ、
この四日間を過ごしてみようと思う。
既に見逃している可能性もあるけどね。
そんなわけで、姉さんとの一日。
デートが始まったんだ。
……………。
……………。
──ショッピングモール
姉「さてさて……やって参りました!!!」
俺「お、おう!」
パチパチパチ
姉「どうしたー?声が足りんぞー!
やって参りましたーー!!!」
俺「おうっ!!」
パチパチパチパチ!
姉「んま、この辺にしとくか」
俺「…お願い致します…」
く、他人の視線がイタいぜ…。
完全に逝ってる連中だと思われてる。
姉「初めから俺がしっかり声出してくれればなー
こんな時間のロス取らせなかったのに…」
俺「俺のせいすか!!」
マジかよ…。
責任転嫁もほどほどにしてくれよ…。
男1「ひそひそ…」
女1「ひそひそ…」
うわ……俺また大きな声出しちゃったみたいだな…。
一回ハメ外すと、全体的に大きな声になるんだよなあ。
何でだろう♪
俺「我ながら、恐ろしい子!!」
姉「…何一人でやってんの……」
俺「あ、いや、ちょっと、昔のネタを…」
姉「馬鹿やってないでいくわよ…。
もうこの視線嫌…俺…ちゃんとエスコートしてよ…」
俺「おれっすか!」
うは、二度目。
姉「もういい……、行く」
俺「あ、待ってよ姉さん!」
くそ、姉さんから始めたくせに…。
この後、挽回してやるぜ。
なんて卍解!なんちゃって!
わりぃ……調子こいたわごめん。
ほんと、ごめんね?
……………。
──服屋
俺「……服屋にも色々あるだろうとは思うんだ」
俺「……けど、
あんま行った事ねぇから知らないんだよ…許せ」
姉「何一人でブツブツ言ってんの?」
俺「え、えっと言い訳を…」
姉「あ、ほらほら見てこれ!」
そう言って姉さんはオシャレなお洋服を。
いや、本当に悪い…。
この辺、語彙力が……。
俺「…お、可愛いな」
姉「そう?私はさっきの方がいいと思うんだけど…」
だったら聞くなよ!
…と男は思う訳で…
何で女はこんなに買い物長いんだろうね…。
ユニクロでいいじゃんよー。
姉「……何考えてるか知らないけど…」
俺「ドキン」
姉「今日は、俺の服も買うんだからね!
まだまだ終わらんぞー!」
男「マジかよ……」
今日の姉さんは気合い入り過ぎだよ…。
久しぶりのデートか……。
──ん?
あれ……なんか昔……約束したような…。
姉「俺俺!!こっち来てこっち来て!」
俺「あーはいはい!すぐ行きますよー」
考えさせる時間はくれないみたいだな。
今日は普通に二人のデートを楽しむか。
姉「こっちこっちー!」
姉さんが俺を呼ぶ声がする。
それは、顔を見なくても分かるぐらい…
幸せそうで、楽しそうな声だったんだ。
だから俺は。
今日一日を使って、姉さんを満足させる──
ただ、それだけに徹すると決めたわけ。
姉「まーーだーー!」
俺「はいはいミッキーマウス!」
俺も楽しくなってきたぜ。
ヤッホーーーイ!!
姉「…………ねぇ」
俺「え?」
姉「今さ、『今行きまーす』のとこ、
『ミッキーマウス』とか言った?」
俺「………」
姉「マジ寒いから……今後は止めてね?」
俺「………ういムッシュ」
姉「…………おい」
俺「ご、ごめんなさい…」
俺のギャグは、滑りまくりだぜ!
ヤッフー!!
せめて…心の中ではテンション上げようと思ったが…
無理だね、うん。
……………。
──本屋
姉「なに見てんのー?」
姉「もしかして♪もしかして♪」
姉「Hな本とか読んでるのかナーー、とっつげきー!」
俺「やあ姉さん」
姉「な、ななななな。なんだその余裕は」
俺「どうしたんだい姉さん?」
俺「用があったんでしょ?ほら近くにおいでよぉ」
姉「いや……遠慮しときマッスル…」
俺「姉さん、そう言わずに」
姉「ううぅ……なんて力だあ……侮れん~」
俺「ほら、僕の話を聞きなよぉ」
姉「なんで、太ってる人の声真似してるか分かんないけど…
それマジ怖い…マジ怖いよ…」
俺「そんなぁ、そんなぁこたぁないよぉ」
姉「うっぷ……聞いてるだけで、お腹いっぱいとは!」
俺「ほら見て……これ野球の雑誌なんだあ!」
姉「大の阪神ファン!?
くぅ、ここに来てそれは予測してなかったわ…」
俺「ほらほら……兄貴が…レッドスターが…」
姉「う、プロ野球を知らない身としては、
ここまでキツいものはあるのだろうか、いやないわ!」
俺「……そうなんだよぉ、今岡が不振でねぇ…」
姉「もう、自分の世界に、は、入ってるね…。
誰かー助けてー」
俺「もうぉ、まだまだぁ話はつづくぅよぉ」
姉「ああああああああ」
てな一コマもあったわけで。
なんだかんだ言って楽しい時間が過ぎていく。
……………。
──昼食
モスとマック(マクド)で迷ったけど、
ジャンケンでマック。
俺はあの萎びたポテトが食べたいんだ。
姉さんには全く分からないみたいだけど…。
俺「んじゃ、ビックマック。
ドリンクコーラで。ポテトね」
姉「ええと……」
俺「早く姉さん決めてよ」
姉「う、うるさいわねー。
マックとか久しぶりだから…
どれがおいしいか分かんないのよ…」
俺「なんでもいいから、早く決めてくれないとさ~
後ろ詰まっちゃうよ~」
姉「くっ……なんて小賢しい弟よ…。
これは服の一件の仕返しとみていいのかしら?」
俺「どうかね~フフフン」
姉「ッ……悔しい!これほどまでに悔しいとは!!」
俺「んま、どうでもいいけど早く決めなよ」
姉「じ、じゃあ…ハンバーガーのセットで」
俺「ちょっ!」
姉「え?」
ハハっ、それは無いだろ。
普通のハンバーガーとか頼む奴、久しぶりに見たぜ。
うっひょひょーい。
姉「え?え?ダメなの?なんかやらかした?」
店員「ええと……ハンバーガーのセットでよろしいですか?」
俺「ういムッシュ」姉「あ、はい」
店員・姉「……………」
俺「あ、ごめんなさい…」
今なら行けると思ったんだがな…。
現実は甘くないみたいだぜ…うぅ……。
……………。
──映画館
俺「何見る?」
姉「……ん~どうしようね…」
俺「……てか、何だアレ」
姉「え?」
俺「『弟と姉の禁断の愛』だってさ」
姉「………こほん」
俺「なんか、あんな題名良いのかよって感じだよな」
姉「……さ、さあ」
俺「もっとさ、
オブラートに包むとか方法があると思う訳よ」
姉「そ、そうかなあ…?」
まあ、例えれば…
『僕は●に恋をする』とか、『●風』とかさ。
ん?前半は隠し切れてねぇな、
しかも両方姉モノじゃねえし…
まあいいか。
俺「で、どうするよ」
姉「……ええと……(///)」
俺「ん?」
姉「……とりあえず見てみない?(///)」
俺「『おとあね』?」
姉「うん、『おとあね』」
……正直、
実の姉と見るとかガチ気まずいと思うんだが…。
姉さんが楽しめるならいいか。
俺「よっしゃ!そうと決まればチケット買うぞ」
姉「お、おう!(///)」
ちょっと照れてる姉さん、可愛いな…。
……………。
──上映中
弟『そ、それでも俺は姉さんの事が!!』
姉『ダメよ…ダメなの……それは許されてないのよ…』
弟『でも、僕は姉さんのことが!!』
姉『ダ、ダメなのよ……血がつながってるんだもの……』
姉『社会で認められない以上……無理よ…』
弟『それでも姉さん!僕は好きなんだー!!!』
姉『……弟』
弟『姉さん!』
だきっ
弟『世界中の誰よりもー愛してるー!!』
姉『ご、ごめんね……ほんとは私も愛してるの…』
弟『ああ、姉さん』
姉『弟よ』
弟『誰にも気付かれない、二人だけの世界で…』
姉『うん、私はそれでも──』
……………。
──上映後
ん……なんか微妙な映画だったな。
そもそも弟の台詞が臭いのなんの…。
『愛してるよー』とか、『好きだー』とか、
そんな軽いもんじゃねえだろとマジに思った。
こんなんで感動する奴いるのかねぇ。
姉「……うぅ……良かったよぉ…二人とも……ひっくひっく…」
俺「……………」
俺「………マジかいな…」
お約束と言えばお約束なんだが。
ここは良い意味で期待を裏切って欲しかったぜ…。
俺「ね、姉さん?」
姉「グスン、ん?」
俺「……泣けた?」
姉「あ、うん。ごめんね(///)」
いつも強くて甘えられる姉さんが、目の周りを赤く腫らして、
そんな声だされたら……やべぇ……俺も変な気分に…。
『愛してるー』とかノリで言ってみようか…?
俺「………あ、…愛……し」
姉「うん?」
か、かわえぇ…くそ、俺には出来んぞ…。
これが大学でモテる要因か!
少し嫉妬してきた。
俺「つ、次行くぞ!」
姉「あ、うん」
ちょっとキツく言っちゃったよ…。
ああ、なんで俺ってこんなヘタレ…。
……………。
──帰宅途中
その後は色々お店に入って、
『これいいね』『これはどう?』みたいな会話をずっと。
これはこれで楽しかった。
買うだけが買い物じゃないからなあ。
俺「あ、そういえば!」
姉「ん、どうしたの?」
そういえば…家で待ってる妹に、
何か買ってあげるべきだと思ったんだ。
まずは姉さんに説明しないとな。
俺「ほら、妹今日来れなかったじゃん…
だからなんかお土産買ってあげようぜ」
姉「ほう」
姉「それは、中々よい案だな、お主」
俺「でしょ?」
我ながら良く気が付いたと思うよ。
姉「でも、そこはお土産じゃなくて…」
俺「ん?」
姉「俺からのプレゼント!って形にするといいかもよ」
ああ、そういうやり方もあったか。
それなら今の気まずい感じも何とかなるかな?
俺「姉さん、グットアイディア!」
姉「ふふ。久しぶりに褒められた(///)懐かしいわ…」
ん?いつも褒めてると思ったけど。
俺「よっしゃ、そうと決まれば…」
姉「そうと決まれば?」
俺「………何買おう……?」
姉「……ふぅー」
姉さんが失望したというように、溜め息をつく。
だっ、だってよ……妹が欲しいものなんて…
俺分かんないよ。
姉「これだからなあ、俺は」
俺「……ご、ごめん」
姉「いいのいいの。
これだから俺は私がいないとダメだなあって…」
俺「え?」
姉「ちょっぴし嬉しくなっちゃうんだなあ(///)」
俺「……あう(///)」
ああ、この時間が一生続けばいいのになあ…。
まっ…姉さんがいる限り、デートなんていつでも出来るよな!
ザザー…
──猶予は四日間
俺「……ッ」
唐突に思い出した少女の言葉に…
俺の心はひどく動揺して。
ザザー…
──逃げるんですか?
俺の楽しい気分を台無しにする…。
逃げてる訳じゃない。
逃げてる訳じゃないんだ…。
この日常が楽しくて、
みんな幸せで……ただ、それだけが続けば……
俺はいいんだ。
──逃げるんですか?
再度少女の言葉は俺を抉る。
どうして?
答えはまだ、真っ暗闇の中…
もう少しだけ…もう少しだけでもいいから、
この幸せが続きますように──
俺は半ば祈るように。
楽しそうにお店に向かう姉さんの後を、
ただ追うばかりだった。
……………。
……………。
結局、妹のプレゼントとして選んだのは銀のブレスレット。
それを箱にきちんと包んでもらって、
あとは俺の渡すタイミングが大事ってこと。
夕飯は家族と一緒に食べよう、ということで、
俺達は既に家の前まで来ていた。
姉「今日はありがとうね。とても楽しかった」
玄関入る寸前、姉さんが俺にそう言う。
俺「いやいや、俺のほうこそ!
久しぶりに姉さんと出かけて…楽しいことばかりだったよ」
素直な思いを口にした。
本当に久しぶりだ……。久しぶり……?
姉「うん。
私も楽し過ぎてちょっとはしゃぎすぎちゃったかも。
エスコート良かったであるよ」
俺「ははぁ!!拙者、光栄でござりまする!」
姉「ふふっ」
俺「ははっ」
二人して笑う。
幸せな日々。
誰にも邪魔されない、俺と姉さんだけの時間。
姉「名残惜しいけど…
みんなが待ってる家に入りましょうか」
俺「そうだね」
家に帰れば、温かい家庭があって、
そして明日も明後日もそれが永遠と続くんだ。
ガラッ
だから──
妹「あ、お兄ちゃんお姉ちゃんお帰り!」
そんな健気な妹を玄関で見た瞬間、
誰かと被った。
──…兄さん…──
本当は辛いのに。
苦しいのに表面には出さず。
常に一人ぼっちなのに、
誰にも助けを求めず。
いや、求めることが出来ず。
頑張って、頑張って、それでも頑張って。
そんな姿が、少し悲しそうに笑っている今の妹と…
──被ったんだ
──兄さん…お帰り…な、さい…──
ああああ。
誰だろう…。
この子は誰なんだろう…。
胸が……胸が苦しい…。
俺は何か大事なことを……忘れてるんじゃないのか…。
妹「……どうしたの“お兄ちゃん”?」
俺「あ、ああ」
大丈夫だ…。
ちょっと頭が変になっただけだ…。
俺「ん、いや何でも無いぞ!」
俺「それより、今日の夕飯は何だ!」
妹「……え、ええと……お母さんに聞いてくるよ!」
リビングに駆けていく妹。
俺はその妹と誰を重ねていたんだろう…?
疑問が渦めく中、
俺達もリビングに向かった。
姉「…………」
……………。
……………。
夕食後。
俺は妹の元へ。
コンコン
妹「あ、はいどうぞ…」
俺「入るぞ~」
妹「う……お兄ちゃん…」
俺「何だ??
……お兄ちゃんが来たら悪いみたいじゃないか?」
ちょっぴり父さんの気持ちが分かったかもしれない。
妹「……うぅ……ごめん」
俺「まあ……まあいいけどさ」
俺「ここ最近、
俺を避けてることと……なんか関係してる?」
ちょっとはっきり聞いときたいなと思ったんだ。
だから直球で。
遠回りはしたくなかった。
すると──
妹「…はぅ……バレてた?」
俺「おうバレてたぞ」
明から様すぎるからなあ。
今までがベッタリだったから余計に気になる。
妹「そ、その……」
俺「ん?」
姉さんとは違って、口べたな妹だ。
ゆっくり返事を待つのがいいだろう。
妹「……その話……理由……今しないとダメかな?」
すごく悪い事をした後のように…
妹はびくびくしながら俺の反応を待つ。
俺がお前に無理強いなんかするわけないだろ。
そう言いたい気持ちを押さえつけて、
優しい口調で言ってあげる。
俺「いや、いいよ。
妹の好きな時に、好きな場所で」
ってあれ?
いつか、俺……同じセリフ言ったか…?
──お前が好きな時に、好きな場所で
──別に無理して今日じゃなくてもいいんだぞ…?
これは…?
妹「う、うん。ありがとうお兄ちゃん!」
俺「あ、ああ」
デジャブってやつか……。
それとも──
少女の言う通り、本当に記憶を失ってると見て…
間違いないのか?
俺「あっ、それと」
妹「ん?」
忘れそうだった。
俺は後ろに隠していた、プレゼントの箱を渡す。
妹「えっ、コレ……」
妹「…お土産かな?…」
俺「ん、そいうわけじゃなくてな」
俺「俺からお前への、プレゼントだ」
妹「ふぇ……」
妹「……ああ……ありがつぉ──」
俺「ありがつぉ?」
妹「か、噛んだあーー!(///)」
俺「ははは、そこで噛むなよー!」
妹「ぅぅ……ちょっとびっくりしただけだもん!」
俺「『ありがつお』!それ『あり鰹』!」
妹「ば、馬鹿にしてーー!プンプン」
俺「お……これは中々」
妹「ん?」
俺「いや、こちらの話ですハイ」
妹「もう……お兄ちゃんのばかぁー(///)」
仲直りできたかな?
……………。
……………。
ガチャン
俺「ふぅ……」
俺「明日から学校だしな…」
俺「妹とは…これで元通りだろ…」
ん、なんとかやっていけそう。
すると──
姉「…………」
俺「あ、姉さん」
姉「……あ、ああ…」
ちょっと心ここに有らずって感じだな…。
どうしたんだろ?
姉「渡してきた?妹に?」
俺「お、おう」
姉「どう?ばっちし?」
俺は右手の指で、○を作る。
姉「そうかー…良かった良かった」
俺「兄妹が仲良くないとダメだわな」
姉「…………」
姉「そうね」
ちょっと間があったな…。
ほんと大丈夫か?
俺「姉さん、大丈夫か?
今日ハメ外しすぎて体調悪いとか無いよな?」
姉「あ、うん。ごめんごめん。
心配かけちゃったか」
今の様子を見る限り、
大丈夫そうに見えるけど…。
姉さんはこういうの隠すのうまいからなあ。
俺「じゃあ、俺もう行くぞ?」
姉「ん、じゃまた明日。おやすみね」
俺「おやすみ~」
そういって手を振り、俺は自室へと戻っていく。
あんまり気にし過ぎても、姉さんの場合、
隠し通そうとするだけだしな。
ここは引いて、姉さんに早く眠ってもらおう。
そんなことを思いながら、廊下を歩く。
と──
姉「……ねぇ!」
俺「ん?」
ドアノブに手をかけた時、姉さんを俺を呼び止める。
何だ?
姉「………どう?」
俺「どうって?」
姉「…“この世界”は楽しい?」
ん……確か昨日もそんなことを…。
俺「最高に幸せだと思ってるけど……どうした?」
姉「いや、それならいいんだ!」
俺「そう…」
姉「あ。うん。じゃあ、本当にお休みね」
俺「はーい」
ガチャン
……………。
姉「………」
姉「………」
姉「私……間違ってないよね?」
姉「いいよね……幸せじゃダメかな?」
姉「ごめん…」
姉「ゴメンね…妹……」
姉「……こんなに幸せだと……」
姉「ずっと続けば良いって……思っちゃうよぉ…」
姉「ゴメン……ゴメン……うぅ……」
姉「……幸せだ……本当に今……幸せ…」
……………。
……………。
続けるんだ。
明日を。
続けるんだ。
幸せを。
私の力がある限り。
私の想いがある限り。
妹には……本当に悪いと思う……。
けど……それでも……
望んじゃうんだよ………ゴメンね。
……………。
【3rd Day】
……………。
昨日と同じく五時半に起床。
俺「……なんだかなあ」
少女の言葉を思い出す。
確か今日はあの日から、三日目。
もし彼女の言う事が正しいなら…
俺「あと、一日しか……無いのか…?」
そして最後の日が、
夜0:00まで続くとは限らない。
午前中に終わってしまう可能性だったあるんだ。
だが…
俺「そうは言っても…何が何だか……」
それが現状だった。
今の俺に出来る事は何もない…。
でも確か彼女はこんなことを言ってたような…。
──“この世界”の異常は、乃ち“あの世界”の常なんです
それが本当なら…
この時間に目を覚ましてしまうのが、異常?
乃ち、“あの世界”の常?
──数字
俺は慌てて時計を見る。
俺「五時…三十分……」
…5:30
………5 30
俺「分かんね……」
幾らこれが“力”だと言われても、
どうやって使うのか、はたまた、何を意味するのか…
ダメだ…何かが足りない。
やはり、それは──
俺「…記憶だな」
結局はそこに行き着くのだった。
……………。
……………。
朝食。
父「みなさま、今日のご予定は?」
姉「大学」
俺・妹「高校」
母「自宅」
父「ふむ……」
父「では、休日も終わった事だし、
一家の主として、気合いの注入をなさねばならないな」
父「ではみんな、そろっていくぞ!
ハー……つ…一週間頑張って──」
姉「『いきましょいっ!』とか止めてね」
母「こらこら姉、
お父さんがそんなつまんない事言う訳無いじゃない」
姉「あれま…私の早とちりだったか」
妹「ふぇ……眠いよぉ……」
俺「おいおい、早く食べんと…もう出るぞ?」
父「…………」
父「……い、いこうな…」
姉「じゃあ、私おっさきー!」
ガチャ
姉「あっそうだ」
父「!?」
姉「妹!お兄ちゃんと学校行けて、私は羨ましいであるぞ!
いつまでもボーッとしてちゃ、もったいないよ!」
妹「う、うん」
俺「ね。姉さん(///)」
父「………あ」
姉「じゃあねー」
ガチャ
母「あっ、お父さん」
父「!?」
母「ご飯粒落としてますよ……みっともない」
父「あ、ごめん…」
母「大丈夫なんですかねー…外でやらないでくださいよ」
父「……ぐすん」
俺「じゃあ、俺たちも行ってくるわ」
妹「ま、まってお兄ちゃん!」
俺「ほれ、早くしろ早くしろ。
時間は待ってはくれないぞ!」
妹「…うぅ……はぐはぐ……もわったぁ!」
俺「はは、口膨らませてリスみたい」
俺「よし、じゃあ行ってきまーす」
妹「いってきまあーふ!」
ガチャ
母「はいはい……じゃあ私もお片づけと」
父「…………」
母「お父さん」
父「……?」
母「『頑張っていきましょいっ』」
父「か…母さん!
おお、『頑張っていきましょいっ!』」
母「ふふ、ほんとにまだ子供みたいなんだから(///)」
……………。
……………。
──学校
俺「…………」
友2「……………」
俺「嗚呼、なんて美しい世界よ」
友2「嗚呼、なんて悲しき現実よ」
俺「申し訳ありませんが──」
友2「どうせいつものことでしょう?」
友2「あなたはいつもそう!
私をいつだって一人にさせるのです!」
俺「………愛しい人よ」
友2「やめて…やめて!
そんな甘い言葉には騙されは致しません!」
友2「そうやって私は、常に置いてきぼりなのです」
俺「………すまない、愛しい人よ」
俺「僕には……俺には……」
俺「お弁当を片手に、兄を待っている妹がいるのだーー!!」
友2「……」
俺「……」
俺「そ、そういうわけだから!じゃ!」
友2「うぅ……」
友2「くそぉおーーー!!
俺も妹が欲しいよぉーーー!!!」
……………。
……………。
──屋上
俺「てなことが、教室で」
妹「………私は……なんて言ったらいいのかなあ…?」
俺「堂々とふんぞり返っておれば良いのです」
妹「お、おう!」
俺「まあ、“愛人”だけどね」
妹「へ?」
俺「だって考えてみてくれ。
友2が愛しい人なら──」
妹「ふむふむ」
俺はそう言いながら、指を妹に向ける。
俺「──妹は愛人」
妹「………」
妹「……さいてぇー…」
あれ?何この空気?
俺「いやいや、冗談ですよ!
マイケルもびっくり仰天ですよ!」
妹「…じょ、冗談でも……ひどいと思う…」
ぷくっと膨らむほっぺた。
彼女の視線も泳ぐ。
つつきたい衝動を抑えながら…
俺は何とか巻き返しにかかる。
俺「う、嘘だよー!
そんなのジョークに決まってんじゃん!
だって俺、妹のこと世界で一番好きだもんねー」
妹「もういいよ……って、ふぇ?」
あ……やばい……
その場のノリで余計なことを言ってしまった…。
別に…本当のことだけど…さ。
俺「…………」
妹「…………」
俺「………えっと!」
妹「…………あの!」
二人の声が同時に被る。
とても気まずかった。
俺「どうぞどうぞ!そちらがお先に」
妹「お、お兄ちゃんから先に言ってよ!」
実はそれも嘘でしたーなんて…その場凌ぎ、
今の空気で言えるわけもなく。
早めのうちに代替案を考えておかないと、
妹と俺の間に再度亀裂が入ってしまう心配が。
とりあえず──
俺「お、お兄ちゃん特権発動!」
俺「年長者の特権だ!妹、君から話すんだ!」
と、イタい切り返ししか出来なかった…。
ああ、自己嫌悪。
妹「……えぇ……それなら仕方がないか…」
え?
妹さん…いいのそれで…?
妹「お兄ちゃん特権なら……仕方が無いと思う…」
俺「………」
何か凄く良い情報…聞いたんだけど。
これを使えば、何でも言う事聞いてくれんのかな…?
一瞬、鬼畜を考えてしまったのは内緒の話。
妹「じゃ、じゃあ私から……」
俺「ドキン」
何が来るんだろう?
微妙な間が出来たせいで、
色々想像している自分がいる。
『私もお兄ちゃんが世界でいっちばーーーんだいすきっ!!』
とか…
『なに言ってんだよ…キモいんだよ氏ねよ……』
とか……
『実は……お兄ちゃんの子……妊娠しちゃったの』
なんてことも!!
いや無いですね、ハイ。
そして──
妹「私のこと……お姉ちゃんより…好き?」
俺「…………」
彼女はひどく恥ずかしそうに…
けれども真剣な目で俺にそう問いかけた。
何だろう。
何か胸に訴えてくるものがあった。
でも…妹には悪いけど…
選ぶことなど…出来ないんだ。
俺「お、同じぐらい…」
妹「…………」
妹「…そ、そう……」
俺「二人ともが一番…じゃダメかな?」
妹「…………」
妹「うん、それで十分嬉しいよ」
間が。
間が全てを物語っていた。
……………。
小さい頃に一度だけ、
二人に似たような問いを聞かれた事がある。
あの日も俺は…
ただ、逃げてばかりいた。
『私と』『わたし…』
『『どちらかを選ぶとしたら?』』
そう彼女達に問いつめられた時、
俺はひどく迷った。
好きに優劣をつけることが出来るのか。
家族愛に上下があって良いのだろうか。
そんなことを考えずとも…
無意識のうちに『選べない』という結論に至る。
けれども今思えば…
この幸せな日常を壊したくない──
ただ、それだけだったのかもしれない。
幼心に、どちらかを選んだら…何かが変わってしまうと…
察したのだろうか。
今は正にそうだった。
俺は妹の愛を得ようとするのではなく、
この世界を守ることに全力を尽くす。
それだけ、今の日々は心地よい。
でもね、
例えば…
俺と妹だけの世界になったとして…
その時…俺は、
どんな答えを見いだすのだろう…?
仮定の話。
明日も明後日も続く、この日常がある限り、
そんな状況にはおかれない。
ただ…
少女の言葉を、今…
思い出してしまう自分がいるんだ。
──猶予は四日間
決断は近いのかもしれない。
それが何の決断か…今は、知りたくもない…。
それが、本音だった。
……………。
……………。
授業を終え、
いつものように妹と帰宅しようとした矢先、
担任に呼び止められる。
長引きそうなので、妹を先に返す。
妹『………わ、わたし…待つよ?』
俺『いいよいいよ、長引くかもしれんし先帰ってな』
妹『うぅ……私は、いいのに…』
俺『今日だけだ。待たせるのも悪いしさ。
一緒に帰るのはいつでも出来るだろ?』
妹『……う、うん』
俺『よし、じゃあな』
妹『ばい…ばい…』
こんなやり取りを終え、
担任の元に。
……………。
結局は、屋上での鍵についてだった。
一昨日のこともあって…
学校の設備の鍵を一生徒が所有することは
やはり問題である、とういう結論が下ったようだ。
素直に鍵を渡し、ありがたいお話を聞いて──
……………。
やっと帰路に着く事が出来た。
俺「おー……、終わったぞー…」
俺「あの筋肉バカ…やけに話長いんだよなあ…」
とてもありがたい…
先生の過去の話を聞けたわけだ。
どうしてそんな流れになったかは、
もう覚えていない…。
いや、……今は…思い出したくもないわ…。
おせっかいな担任に…
毒を吐きながら…帰り道を歩く。
トコトコトコ
いつの間にか──
駅に着いて…
電車に乗って…
駅で降りて…
トコトコトコ
大通りを一人で歩く。
いつもは妹と二人で登下校するせいか、
孤独を強く感じる。
この胸の空虚感。
それは歩けば歩くほど…次第に大きくなっていく。
──あ
何かが一瞬脳裏を過る。
…………ザザザ
──?『 生が一人、
に巻き込まれたんだって…』
…………ザザザ
──ああああ
それは…
それは……忘れてしまった記憶なのか。
こんなに胸が苦しめられて…
こんなに心が締め付けられて…
それでも尚、
思い出す事が出来ないのか。
俺「…………なんて滑稽なんだ」
自分自身に嫌気がさす。
何か大変なことを見逃してる気がするんだ…。
とてもとても…大事な何か…。
それは既に確信へと変わっていた。
少女の言う、記憶の喪失を身を以て実感する。
俺「…………」
俺「…………5 30」
何気なく呟いた一言。
立ち止まった先は、古びたゲームショップの前だった。
俺「……え?」
違和感を覚える。
これは違う。
違うんだ。
──スーパー……
俺「……さ、んじゅ…う……?」
その時、風が吹いた──
少女「そこまで来たのなら…」
少女「あと一歩ですよ」
何もない場所に現れたのは、
あの日出会った少女。
“この世界”の案内人。
何故かは分からない…
でも、そう確かに感じたんだ。
少女「気付いて下さい」
少女「“この世界”の異常に」
少女「気付いて下さい」
少女「“あの世界”の常に」
ピースだ…。
あと一つのピースがあれば、全て埋まる。
少女「世界が開いている時間は…あと少し」
少女「“この世界”の中心は誰?」
少女「……………」
少女「あなたは」
少女「既に気付いている……」
少女「……………」
少女「ただ──」
少女「確信が持てないだけ」
──…兄さん…──
記憶の彼女が訴え続ける。
そうだ、ピースはそこにある。
少女「…………」
少女「最早、私から言う事は無いようです」
少女「ですが、」
少女「私は繰り返します」
俺は少女を見つめる。
分かってるよ…。
俺は…
少女「抗って下さい、世界に」
少女「そして」
少女「あなたに幸あらんことを──」
……。
…………。
………………。
私は感じた。
世界の異変。
それはすぐそこまでやってきているようだ。
姉「ま、また……あの子か……」
どうしてだろう。
なぜ彼女は私の邪魔をするのだろうか。
ひとりぼっちだった。
“この世界”でもない、
もっと薄暗いところで、私は常に一人だった。
誰もいない、何の声もしない世界。
ただ、それよりも──
弟のこと、家族のことが心配だった。
私がいなくなったあと、
どうなってしまうのか、ただそれだけが心残りだったのだ。
しかし、現実は甘くない。
一人暗闇の世界に取り残された私は、
家族がどうなったのかも分からず、ずっと静かに眠っていた。
転機は数日前…?
時間の概念すら無かったものだから、
その辺りの正確な日数は分からないが…
確かに何かが起こったのだ。
強い想い。
あの日からやり直したい世界──
それが私の思うままに、構築された。
何年も夢みた世界が…生まれたのだ。
………………。
…………。
……。
俺は走る。
疑惑は確信へ。
“この世界”は何かが足りない。
いや、全ておかしいのだ──
──…兄さん…──
兎に角、
彼女の存在を今直に知りたかった。
それがピースだ。
俺の記憶が塞がる原因。
俺の胸が締め付けられる原因。
それはつまり。
──“あの世界”の常
タッタッタッタッタ
走る。
走る。
走る。
タッタッタッタッタ
駆け抜ける。
急げ、時間はない。
……。
…………。
………………。
構築は私の思うままに行われた。
三年後の未来。
三年後の世界。
私はそれを、時には考え、時には理解し、
構築していく。
所々辻褄が合わないところもあっただろう。
けれども彼が記憶を失っている今、
それも既に関係なかった。
──一人の不思議な少女を除いては
姉「これも罰なのかなあ……」
有りもしない事を、望んでしまった罪なのか。
………………。
…………。
……。
我が家に着く。
開ければ家族がいる幸せな家庭。
誰が見ても、それは素晴らしい日々。
何もない日常こそが、
かけがえの無いものである……なんて、
俺「なぜ……俺は知っている…?」
──答えはすぐそこにある
──答えはすぐそばにある
俺「…………例え、この幸せな日常を壊すとしても?」
自分に最後の問いかけを。
自分に最後の試練を。
ガチャ
俺「ただいま」
妹「…あ!」
妹「お兄ちゃん!お帰り!」
──?『……兄さん…お帰り…な、さい……』
あ、ああ…あああああ。
被る……被るんだ……。
俺のことを『兄さん』と呼ぶ……彼女が…。
……………。
……………。
妹「お兄ちゃん?」
妹「急に、どうしたの?」
妹「大事な話があるって……何?」
妹をリビングのソフォーに座らせ、
俺は地面に座り込む。
ちょっと妹のほうが視線が高いが、
別に構わないだろう。
俺「…………昼の続き」
妹「………」
妹「………昼間って…」
妹「お姉ちゃんとどっちが好きって……聞いた事?」
俺「………」
俺「そうだ」
妹「べ、別に、もう気にしなくていいよ!」
妹「お、お兄ちゃんも、律儀だなあ…。
でもね?あの話はあれで終わりだよ?」
俺「…………」
俺「例えばの話だけど、さ」
妹「へ?」
そうだ、例え話。
この日常では有り得ない、そんなお話。
俺「この世界が──」
俺「この幸せ過ぎる世界が壊れて」
俺「一人また一人と欠けていって」
俺「最終的に」
俺「俺とお前だけの、たった二人になった時」
俺「………妹」
俺「お前ならどうする?」
妹「…………」
妹「お兄…ちゃん…」
妹「わ、わたしね……いつも考えてた…」
妹「この世界が…この世界が二人だけなら」
妹「二人の関係も……変わるのかなって…」
妹「幸せだよ?」
妹「本当に今は幸せだよ…?」
妹「お父さん、お母さん、お姉ちゃん…
そして──」
妹「お兄ちゃん」
妹「他には何もいらない」
妹「欲しいとも思った事はない」
俺「…………」
妹の言葉を待つ。
妹「………」
妹「…で、でもね」
妹「私……お兄ちゃんのこと…」
妹「昔から大好きで…」
妹「お兄ちゃんも……それは知ってたと思うけど…」
妹「日に日にその想いは……」
妹「強くなってく一方で…」
妹「正直もう…止められそうもないんだ…」
妹「血が繋がってて…それでダメなことも分かってるのに…」
妹「で、でも──」
妹「望んじゃう、自分が……いる…」
俺は、
何か……
大きな勘違いをしていたんじゃないだろうか……
妹「………あ!」
妹「そ、それでもね…」
妹「今は……お姉ちゃんもいるし…みんないるから…」
妹「ま、まだ……我慢出来てる……」
俺「……妹」
妹「例えばの話……だよね?」
妹「もし…そんな世界になったら…」
妹「わ、私は」
──「想いを止めることが、出来ない…と思う……」
ザザザザザザザザザ
虚ろな世界が反転し
欠けた記憶が補填され、
そこに新たな自我が生まれる。
ザザザザザザザザザ
そうか…。
そうなのか。
『姉さんの死』が原因だった訳じゃないのか。
俺は…
勘違いをして…空回りばかりしていたのか…。
ああ……
俺「……………」
俺「姉さん……いるんだろ」
その瞬間──
世界は崩壊した。
姉「もう……気付いちゃったわけか」
俺「おかえり…姉さん」
姉「………」
姉「…そうね、ただいま」
気が付けば、目の前にいた妹は消えていた。
家の中の家具も消え、
何もない我が家にたった二人だけ。
でも──
懐かしかった。
死んだ姉さんに……また、会えたんだ…。
その事実だけが、俺の心を喜びに変える。
姉「ご、ごめんね?」
え?
彼女が俺に対して謝罪を述べた時、
俺は驚きで声すら出なかった。
何故…姉さんが謝るんだ…。
記憶が過る。
謝らなきゃダメなのは俺なのに…。
あの日…ただをこねて…
…姉さんを死なせてしまったのは俺なのに…。
なんで。
なんで──
俺「なんで…姉さんが謝るんだよぉ……!」
姉「…………」
姉「……いいの……おいで」
泣きたくなんかなかった。
三年経って…
強くなった弟を見せて上げたかった。
こんなに大きくなったんだよって。
もう姉さんの背だって越えたんだ。
ただ、
思いつく言葉も…
嗚咽によって打ち消され……
………ああ、
ああああ………ごめんなさい…。
俺「……ご、ごめ…ん……」
姉「………いいのいいの…。
私こそ…ごめんね?」
姉さんの手に抱かれながら…
やっぱり姉さんには敵わないなって…
自覚させられたんだ。
猶予は四日間。
恐らく…あと数十時間。
俺の腕時計は…
あの日のように、ちょうと20:00を指していた──
止っていた二人の時間が…
三年を経て…今、動き出す。
……………。
……………。
夜道を歩く。
誰一人としていない世界。
“無”と言ってもいい世界。
けれども俺と姉さん、
二人は歩き続ける。
互いに何も言えず。
沈黙がただ支配していた。
姉「………いつ」
先に彼女が口を開く。
俺「え?」
姉「……いつ気付いた?」
それは勿論、この世界のことだろうか。
俺「ついさっきだよ」
姉「じゃあ…あれが本当に初め?」
俺「…………」
確かに今まで予感はあった。
何かしら奇妙な感覚を覚えたり…
幻聴のようなものがしたり…
それでもあの瞬間まで…
確信出来なかったのは本当のこと。
“あの世界”の妹の存在こそが、
乃ち、世界を紐解く鍵だった。
俺「初めてと言われれば、そうではないよ」
姉「…………」
俺「姉さん」
姉「…ん?」
俺「この世界は温か過ぎなんだ」
俺「俺が小さい頃から想像していた、
そんな幸せの日々、そのもの」
姉「…………」
俺「ただ本当の世界は…
こんな風にはいかなかったんだ」
俺は過去を語る。
俺「姉さんが死んでからね──」
俺「あの幸せいっぱいの家族は、
……俺のせいでバラバラになった」
それは罪。
俺「自分の殻に塞ぎ込んで…何も出来ず…
気が付いた時には既に遅かった」
俺「…………」
姉「……………俺…」
俺「で、でもね」
俺「そんな世界でも
……ここ最近は活路が見え始めたんだ!」
俺「ずっと俺を拒絶していた妹が…」
俺「歩み寄ってくれた…」
俺「だから俺…まだ、
“あの世界”で頑張ろうと思う」
姉「そう…」
姉「なら……良かったわね」
……。
…………。
………………。
私の内心はひどく壊れかかっていた。
ついに気付かれてしまったのだ。
この世界の真実に。
ただ、俺との本当の再会が実現出来たこと、
それを喜ぶ気持ちが大きかった。
久しぶりに彼を手で抱いた時も、
必死に涙を流さないように、堪えた。
だが──
時間が迫ってくるにつれ、
私は焦っている。
散歩と半ば無理矢理押しつけ、
何とかこの世界に彼を留めておきたい一心だった。
既に取り繕う必要も無くなった。
意気地になっている私。
ひどく醜いことは承知していた。
けれども、私に取って“世界”とはここのこと。
俺が言うような世界には、二度と戻れない。
だから──
まずはこの沈黙を何とかしようと思った。
姉「………いつ」
俺「え?」
彼は聞き返す。
彼は聞き返す。
姉「……いつ気付いた?」
この絡繰りをいつ気付いたの?
どうやって一人で見破ったというのか。
記憶には細工をしたと言うのに。
俺「ついさっきだよ」
姉「じゃあ…あれが本当に初め?」
そんなわけがない。
私は謎の少女の存在を知っている。
そして──
“この世界”の異分子は、あの子ただ一人。
俺「…………」
俺「初めてと言われれば、そうではないよ」
姉「…………」
その後が大事なのだ。
強く、問いつめたい衝動にかられる。
だが…それは出来ない。
すると彼が逆に話しかけてきた。
俺「姉さん」
姉「…ん?」
俺「この世界は温か過ぎなんだ」
俺「俺が小さい頃から想像していた、
そんな幸せの日々、そのもの」
姉「…………」
当然よ…。
だって私にとっては…
それが日常だったのだから。
俺「ただ本当の世界は…
こんな風にはいかなかったんだ」
………?
私は、自分が死んだ後のことを知らない。
だから、彼の友達も担任も…
知らないものは全て新たに作るしかなかった。
俺「姉さんが死んでからね──」
私が死んでから?
俺「あの幸せいっぱいの家族は、
……俺のせいでバラバラになった」
別にあなたのせいじゃないのに…。
現実はいつも辛いもの。
自分が死んで、初めてそれを理解した。
俺「自分の殻に塞ぎ込んで…何も出来ず…
気が付いた時には既に遅かった」
俺「…………」
姉「……………俺…」
だからね。
『“この世界で”姉さんと一緒に暮らしましょ?』
そうすれば俺も辛い思いはしなくても済む。
私も、幸せを感じることが出来る。
そうやって続けようと思ったのに──
俺「で、でもね」
俺「そんな世界でも
……ここ最近は活路が見え始めたんだ!」
…え?何?
俺「ずっと俺を拒絶していた妹が…」
俺「歩み寄ってくれた…」
俺「だから俺…まだ、
“あの世界”で頑張ろうと思う」
“あの世界”って私の死んだ世界のこと?
どうして?何でここじゃダメなの?
姉「そう…」
姉「なら……良かったわね」
口先ではそう言ったものの、
私の孤独に対する恐怖心は強まっていく…。
もう嫌だ…。
一人は嫌だ…。
はっきりそう言ってしまいたい。
そうすればどんなに楽だろうか。
けれども姉のプライドが邪魔して、
言う事が出来ない。
なんてちっぽけな存在なんだ自分は。
こん時まで、俺に良い姉でいたい…
そう思っている。
自分の幸せが…
正に、危機として迫っているというのに。
この世界の理。私の存在。
×こん時
○こんな時
──……あ
そこで私は思いつく。
彼を留めておく、最低な方法を…。
気付かれないようにしないと。
私は必死に平静を装おうとしていた。
気が付けば、
──公園
……………。
【Last Day】
……………。
……………。
気が付くと…一昨日訪れた公園。
懐かしい。
幼少の頃、三人で遊んだ記憶を思い出す。
そうか。
確かここは…
現実の世界では…無かったんだな。
三年という年月は、短いようで長い。
そのせいか、この公園は無くなり、
現在はマンションが立っていたはず。
──変わらないわけがない
そうだ。
変わらないものはない。
だから姉さんの死だって……
受け入れたつもりだった。
“この世界”に来るまでは。
少女は何故俺にこんな世界を?
分からない。
これではただの苦痛でしかない…。
やっと、
あの日に止った、
二人の関係が動き出したというのに!
“あの世界”で頑張るといっても…
姉さんがいない未来なんて…もう見たくない。
──それは甘えか?
違う。
──では、この世界に残るか?
そんなことしたら、
一人残された妹はどうするんだ!
──ならば、答えは一つしか無いだろう
自問自答を繰り返す。
だが、結論は変わらない。
“この世界を捨てろ”だって?
いつも……
俺の大好きで優しくて甘えられる…姉さん。
その姉さんは…どうするんだ…。
今まで一人ぼっちだった姉さんのことを、誰が助けてやるんだ!
それはとても辛い事実だった。
変えられないのか?
できるなら…
できるのなら──
彼女を本当の世界に戻してあげたい。
そしてもう一度作るんだ。
誰も欠けなかった世界を──
俺「姉さん……俺……」
姉「…………」
?
何故か姉さんの様子がおかしかった。
どうしたんだ…。
いつものような落ち着きがみられない。
俺「お、おい……大丈夫?」
姉「………へ?」
姉「あ、ああ!うん、大丈夫だよ」
その瞬間──
少女が現れる。
少女「あなた…時間を早めましたね」
俺「え?」
姉「……………」
俺は慌てて、腕の時計を見る。
さっきが、20:00だったんだから…
今は22:00ぐらいだろう?
──5:24
俺「………時間が……飛んでる?」
少女「決断の時は近いです」
少女「まさかあなたのお姉さんが、
時を早めるなんて行動に出るとは…」
少女「想像もしていませんでした。
これは私の責任です」
姉「…………」
ちょっと待て…
決断の時って何の話だ?
俺「どういうことなんだ…決断の時って?」
少女「……………」
少女「この世界で唯一あなたが持ってこれたもの。
それは──」
俺「“数字”だろ。そして、俺の“力”となる」
5 30
俺「…あ」
少女「気付いたのなら急ぎましょう。
このままだと、あなたはここに留まり続けることになる」
少女「再度、世界を開けるためには──」
少女「その本人の“力”が必要なんです」
俺がこの世界に来た初めのことを思い出す。
そうだ。
あの時も確か…時計は、五時三十分を示していた…。
少女「早くしましょう。
期限を過ぎれば…二度と開く事はない」
姉「…………」
姉「それの何がいけないって言うの?」
俺「………え?」
姉「こんなにも幸せで」
姉「毎日ただ生きていることが楽しくて」
姉「兄妹、姉妹と一緒にいることが幸せで」
姉「全てが揃った“この世界”を──」
姉「…んで」
姉「なんで」
姉「なんで!!!捨ててしまうのッ?!」
──姉さん……やっぱり姉さんも…
──孤独だったのか
俺はどうすればいい。
姉と妹…どちらかを選択しなければならない…。
この時に…こんな場所で…
──5:28
残された時間は…二分。
何か……何か手がかりがあるはずだ。
どうして少女が俺をこの世界に呼んだのか。
初めて出会った日、夢で何と言っていたのか。
少女『…………』
少女『最後に一つだけ』
少女『死んだ後の、魂って、どこに行くんだと思います?』
──あ…
繋がった……
もしかしたら……そういうことなのかもしれない。
俺「姉さん…悪いけど、俺は戻る」
そう、それが俺の成すべき事だから。
“この世界”にやってきた、本当の理由だから。
姉「ッ!?」
姉さんの綺麗な顔が一瞬で歪む。
それを見た瞬間。
その義務すら忘れ…
彼女の求める世界に留まりたいと思ってしまう。
でも、ダメなんだ。
姉さんにあの日のことを謝り…
デートの約束を果たして…
──彼女の魂を……早く解放させて上げる
それこそが、
“この世界”に来た理由となる。
俺「……もう」
俺「…もう縛られなくていいんだよ」
姉「………」
俺「俺は姉さんを解放しに…きた」
俺「そして…“あの世界”で…
……償わなければ罪もある」
俺「“この世界”に残る訳にはいかないよ」
姉「…………俺」
彼女がやっと呟いてくれた。
だからこそ、ほんの少しの迷いも断ち切る。
>>721 ×償わなければ罪もある
○償わなければならない罪もある
俺「……それにさ」
俺「俺……」
俺「妹の『たった一人のお兄ちゃん』だから」
俺「側に俺がいてやらないと……ダメだろ?」
姉「………」
姉「……ふふ……そうね」
姉「私が教えた事……きちんと覚えてるんじゃない…」
姉「………それが、あなたの決断なら…」
姉「家族のこと…よろしく頼むよ」
俺「うん」
本当の別れがやってくるようだ…。
俺「…………」
姉「もう、お姉ちゃんを頼らないで…
妹と二人で…しっかりとやっていくのよ?」
俺「……あ、ああ」
姉「ことあるごとに、『姉さん』『姉さん』もダメよ」
俺「……う、う、ああ」
姉「そう」
姉「覚悟があるのね」
俺「姉さん……」
彼女が笑う。
それも、世界で最高にキュートな笑みで──
姉「じゃあ、さようなら」
少女「…世界を閉じます」
少女「ではご武運を」
ああ……。
うぅ…あああ。
…うああああああああああああっ!!!!
彼女達がいなくなった後、
俺は一人泣き叫ぶ。
しかし、声にはならなかった。
──真っ暗闇の世界が現れたのだ
こ、これが、
姉さんがいた……世界?
こんな暗くて…何も無くて…孤独な世界に…
三年間もいたというのか…。
ただ今は……
ここから早く“あの世界”に戻らないといけない。
暗闇が現れた時…
俺がしなきゃいけない行動を思い出せ。
……………。
少女『絶対に無理だと思っていることでも…
何か手があるはずと…
闇に向かって手を差し伸ばして下さい』
……………。
結局最後も、あの少女に助けられて…。
そういえば、彼女は一体何者だったんだ…?
今更ながらそんなことを考える…。
だが…今となっては分かるはずもなく。
──闇雲に暗闇に手を伸ばす
何かを掴むため
何かを得るため
さすれば…
きっと彼女が……
その伸ばした掌を……掴んでくれるはずだから…。
………………。
…………。
……。
ピーッピーッピーッピーッピーッ
………………。
ピーッ…ピーッ…ピーッ…ピーッ…ピーッ…
………………。
ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…
………………。
あ、
こ、ここは……
?「先…、男……の意…が戻……した!」
?「………分かるか?
俺クン、ここがどこだか分かるか?」
白い壁。
白い服。
ここは……病院?
ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……
妹「……兄さんっ!!!」
何度も聞きたかった声が…
やっと──
俺「…………ぉ(あ)」
人口呼吸器があるみたいで、
うまくしゃべれない。
妹「……姉さんみたいにトラックに跳ねられたの……」
妹「…わ、私……」
妹「こ…こんど、こそ……一人に……」
妹「よかっ……た……ひっく……うぅ……」
気が付けば、
俺の右手はすっぽり彼女の両手に覆われていた。
──ああ
──妹…君が…
あの暗闇から救ってくれたんだな
俺は声が出せないので、微笑みかける。
妹「…うぇ…ひっく………ふぇ?」
なあ、妹。
これから作っていこうな。
姉さんがいた頃のような、本当に幸せな世界を。
姉さんが羨むようなそんな世界を。
お前の気持ちに答えれるかは、
まだ分からないけど……
きっと何時か──
答えを出してあげるから
妹「…兄さん…」
ずっと一緒だよ…。
俺は何時の日のことを思い出す。
……………。
妹『ひ、ひっく…お、お兄ちゃんが手握っててくれるの…?』
俺『うん!』
妹『……ず、ずっと…?』
俺『うん!ずっと』
妹『…そ、それなら、私、十分、嬉しいよぉ……』
……………。
今の彼女の顔も…
やっぱりあの日のように──
ぐちゃぐちゃの顔だったけど…
妹のどびっきり可愛い笑顔だった。
妹「……へへ……兄さん……」
~END~
このお話の続きはこちらです
【5:30】妹「お兄ちゃん……」後日談http://lovevippers.blog.2nt.com/blog-entry-317.html【最後に】
みんなーこんなに遅くまで…
一緒に付き合ってくれて本当にありがとう!!
初めは色々大変だなと思ったけど、
完結出来て本当に良かった!
最後の方は少し構想と変わっちゃったけど…
みんながここまで付いてきてくれるとは…
お前らが………大好きだあああああ!!!
5 30
記念カキコ
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